傍にいて。
なんて強請るガラでもないし。
傍にいる。
なんて誓うキャラでもなかった。
傍にいろ。
それは服従命令。
束縛にも似た僕の願いが、叶えたいモノはただ一つ。
(つまり、童話で例えるならば僕は眠りの森の眠り姫。
王子様のキスで目覚める時を夢見て今でも眠り続けてる。
ねぇ気づいて。
僕はこの世の終わりが来ても、貴方だけを待ち続けるから)
『貴方を壊したい』
「あっあ、ひァッ、ぁ!」
「ほら、言ってみろよ、お尻気持ちいいです、ってよォ!」
「んぁ、ぁッ、気持ちい、おしり、気持ちいです…!」
パンッパンッと、夜の路地裏で肉のぶつかり合う音が響く。
男の欲望が叩きつけられる音。しかし、その欲の対象は女ではなく男であった。
後ろからの容赦ない攻めに喘ぐ背中。
その体の持ち主の短い黒髪をグイッと引っ張る。
「はぁっ、はあっ、出すぞ、出すぞ、俺の種受け取れや…!」
「んやっ、ぁはぁあ…ッ」
びゅるびゅると熱い飛沫が体内に放たれる。これでもう3度目の射精であった。
そこでやっと満足したように受けていた男の体は弛緩し、地べたにへたり込む。
腸内に呑まれ切れなかった精液が、まるでお漏らしをしたかのように男のアナルから洩れ、地面にシミを作っている。
「…なぁ、お前名前教えろよ。今夜だけたァ言わずに、毎晩可愛がってやるぜ…?」
今しがたまで犯していた身体がよっぽど気に入ったのか、下品な笑みを浮かべながら再び抱き寄せようとする。しかし、その手をパシッと払いのけた。
「約束。俺を抱いてもいいけど、今夜限りだけだって言っただろ」
言いながら乱れた着流しを着直しながら、不敵に笑んで見せた。
その月光に照らされた顔は――真選組の鬼の副長、土方十四郎のものであった。
「あー…ダリィ…」
そう呟きながら土方は、ポテポテと重たい体で夜道を歩いていた。
後始末をしていないから着流しの下でアナルから精液が流れ出て、太腿に伝っているのを感じる。
だが、これは屯所に戻ってからのオナニーに使えるネタ。行為が終わってからすぐに掻き出してしまうワケにはいかなかった。
「ぎゃあっ」
・・・悲鳴?
かすかにだが夜の静寂に紛れて、確かに人が発した悲鳴だった。
瞬時に体を強張らせて様子を伺いながらも、声が聞こえた方へと足を向ける。
江戸を護る真選組としては状況把握をしなければならない。
それはある意味、体に染み込んだ習性のようなものだ。
この路地裏を抜けた先には川があり、おそらく叫び声の主はそこに居ると判断した土方は物陰に隠れながら様子を伺う。
そこで繰り広げられている光景に、思わず目を瞠った。
「ゆ、許して、ひい!」
川のほとりでは男が3人、呻きながら転がっていた。
そこで彼らを倒したと思われる人物の姿に、どくりと土方の心臓が鳴る。
「…ったく、俺には時間がねぇのによ…邪魔しないでくれる?」
ターミナルから離れた江戸の市街は暗く、特にこの辺りは月明かりくらいしか夜を照らしてくれるものはない。
その月光に照らされた男の輪郭は随分と見慣れたものだった。
輝く銀髪も、気だるそうな声も、その体もまさしく彼だ。
「万事屋…?」
だが、土方は一つだけ違和感を覚える。
彼の死んだ魚のような目は、いつもは髪と同じく白銀の筈だ。
しかし今はまるで血を塗ったような深紅の瞳が、のした男達を見下ろしている。
「たく、おらよ。返すぜーこのナマクラ刀」
彼は刀についた血をビッと振り払うと、立てずにいる一人の男に向かって投げ捨てた。
「き、貴様…我ら攘夷志士の魂に等しき刀をナマクラ刀だと…!」
「知らねーよ。お前の屑みてーな魂なんか。
…俺に必要なのは、アイツだけだから…」
ふ、と微笑した顔は、見た事のないほど冷たいもの。
彼はよく人を小馬鹿にした笑いをみせるが、ここまで冷淡なものは見た事がない。
本当に、あの万事屋の野郎なのか…?というか、アイツって…誰の事だ…?
出て行って確かめれば良い事の筈なのに、何故か土方の体は萎縮して動けない。
高鳴る心臓が邪魔してまともに思考回路が働かず、その理由を判明させるのは不可能な事だった。
「へー攘夷浪士を3人も生け捕りたァやるじゃねェですかィ、土方さん」
「・・・そうでもねぇさ」
結局あの後、銀時がその場から去るのを待って、土方は彼に倒された3人の身柄を確認、逮捕にまで至った。
翌日、知らせを聞いたのか総悟が副長室にやってきてそう言ってくる。
報告書を作成しながら彼の相手を適当にしていると、グイ、と腕を引っ張られた。
「テメッ、書いてる途中に何すんだコラ!」
「…アンタ、あんな夜中にあんな所で一体何してたんでィ?」
疑うように総悟の端正な顔が近づけられ、土方はギクリとしつつも動揺を見せまいと振舞う。
まさか男の体を求めて屯所を抜け出し、セックスしていたなど言える筈もなかった。
「何って…眠れなかったから散歩してただけだぜ?見回りがてらに」
「へぇ?正面玄関から出ずに、わざわざ裏から出て?」
嫌な汗が土方の背中を伝った。
総悟は普段はポケッとした男なのだが、いざと言うときは鼻が利く。
故に土方の異変に気づくのは容易な事なのだろう。
「…心配させたかなかったんだよ。夜番の奴ら、俺が一人で出掛けるとなると『副長、お供致します!』とか言ってついてくる心配性だからよ」
だが、なんとか悟られないように苦笑さえ見えながら言ってのけた。
するとふうっと諦めたかのように溜め息をつくと、総悟が腕を掴んでいた手を放す。
「ま、別にそれなら良いんですけどねェ。
…疲れが溜まられて隊務が疎かになられても困るんで、一応忠告まで」
「疎かとか、てめぇに一番言われたくねぇ台詞なんだけど!」
叱り口調で言うも、なんとか誤魔化せた事に密かに胸を撫で下ろす。
だが疑り深いのが総悟なのだ。
暫くは夜中に抜け出すのはよして、部屋で淋しく自分を慰めるとするか…
「そういえば」
報告書を書き終えた土方が近藤に渡す為に局長室へと向かう途中。
ふと、昨晩の事を思い出す。
攘夷浪士3人を相手に、無傷で――しかも相手の刀を奪って地面にひれ伏させた彼。
確かに、あの顔も声も、姿かたちは万事屋の所の銀時に違いなかった。
だがやはり気になるのは見た事のない深紅の瞳と冷たい笑い方。
それが妙に気にかかって、報告書には『3人の浪士を倒した男は確認できず』と正体はぼやかしておいた。
あの光景を見た後、妙に血が騒いで土方は処理をした後も眠れなかった。
頬についた返り血を、不敵にぺロリと舐める銀時の顔が忘れられないのだ。
「ああ、トシ!ご苦労さん」
書類を整理していたのか、デスクに向かっていた近藤は土方が来たのを知ってニコリと笑う。応えるように小首を傾げて、はにかんで見せた。
彼の笑顔が土方は昔から大好きだった。
…――その笑顔を一生、自分だけのモノには出来ない事を知っているからだ。
「ん。これ、昨晩の報告書。…仕事溜まってんのか?手伝うぜ?」
「いやいや、俺が目を通さなきゃいけないモンばっかりだから大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ俺は戻るぜ」
「はいよ、ご苦労さん!」
ニカッとした微笑みに胸が締め付けられそうな思いに襲われながら局長室を出ると、土方は小走りで自室へと駆け込む。
ダメだ、ダメだ、ダメなのに…!
抑えられない衝動に堪えきれず、後ろ手で障子を急いで閉めると徐に胸に指を這わせて隊服の上から乳首を押しつぶした。
「んぁ…ッ」
切なげな声を上げつつ、土方は片方の手で胸の突起を弄り続けながらもう片方の手はカチャカチャとズボンのベルトを外し始める。
「はぁっ、はあっ、ああ」
無意識に近い行為。勝手に漏れる声。
ベルトの支えを失ったズボンは滑り落ち、汚れるといけないから下着も全て取り去った。
上半身は隊服をしっかり着用しているのに下半身は、靴下しか纏っていない。
真選組の鬼の副長と恐れられる、自分が。
なんて無様な格好。なんて浅ましい姿。
「く、んン、」
しかし、それが余計に土方を高ぶらせた。
立っていることが出来ず、土方は畳の上に膝をつくと一心不乱に己の性器を愛撫し始める。
早漏れな自身は、何分も擦らない内に粘着液を先からトロトロと流しだす。
「いぁ、あっあっ」
黒髪を揺らしながら、胸を揉む事も忘れない。服の上からだから大して感じないが、声を出していると感じている錯覚に陥る。
(AVと一緒だ。女は大して感じないけど、声を出してよがる。それが演技だと知ってても、男はその行為自体に感じて、興奮、し、て)
「いや、いや、ああう」
昨晩誘った男に、後ろから容赦なく攻められていた自分を思い出す。
自分がどんな声を出したか、言葉を口にしたか、腰のくねらせ方をしたか。
相手はどんな風に自分を犯し、弄り、突いてきたか。
『トシ、聞いて!お妙さんに今日、偶然会っちゃってさー』
しかし、よみがえるのは近藤の言葉。
頬を赤らめて、本当に嬉しそうに言うのだ。
土方は『そうか、良かったな』と答える事しか出来なかった。
(だってじゃあ他になんて言う事が出来る?あんな幸せそうなあの人に…!)
「・・・・っ、!」
上下に動かす手を早めると、あっけなく射精した。
掌に広がった自分の薄い精液を眺め、抜いたという快感は持てずにむしろ空しさが込み上げた。
からっぽで、「何をしているんだ」、と我に返って。
「は、はは」
汚れてる自分。
攘夷浪士を粛清し、裏切った隊士を粛清し、それでいて男の体を貪り
血でも精液でも汚れた自分の両手。
…近藤には綺麗で居て欲しかった。
何も護るものがなかった自分を認め、生きる場所を与えてくれる彼。
だから土方は汚いものも全部背負って、引き受けて、生きて、いつか死ぬ。
真選組として、最期の瞬間まで。
「きったねーな…俺の手…」
そうだ。この手には何も残らなくて良いんだ。
極楽なんざ行けない事は分かってる。
行き着く先は、地獄だけ。
「あ、土方君だ。オイーッス」
「・・・」
屯所でデスクワークをする気にはなれず、見廻りの仕事を引き受けて土方は外へ出た。
しかしその途端、疑惑の人物である坂田銀時に出会う。
「…おう」
「あれ、何、どしたの。元気なくね?」
彼の瞳はやはり銀色をしている。やはり見間違いか…と考えながら返事をすると、普段の通り接した筈なのに『元気がない』と言われるから驚きに目を見開く。
「別に、元気はあります」
予想外の銀時の声かけに、なんだか自分でも何を言っているんだ。と思ってしまうような返事をしてしまう。
すると「そーお?」とだけ呟いて銀時は視線を逸らした。
ミツバや伊東の件以来、銀時の接し方がなんとなく柔らかになった、と土方は感じる。
前は会う度に因縁めいたような喧嘩をしていたが(まぁ、全く途絶えたとは言えないが)、最近では普通の話も出来るようになった。
(気が、する)
「なぁ、万事屋。そういやお前…」
「銀ちゃーん、お待たせアル!」
そこで、土方は昨晩の事を訊こうとした。昨日の夜中、お前は何処で何をしていた?と。
だが声をかける寸前で、買い物でもして来たのかビニール袋を持った神楽が銀時に駆け寄ってきた。
どうやら彼は、神楽の買い物が終えるのを待っていたようだ。
「おっせーんだよ、オメーは。で、何?土方君」
「あ、トッシーだ。今日はオタクじゃないアルか」
何、と問われても彼女の前でするような話題ではない。
まさか、『昨晩の目の色は何ですか?』や『攘夷浪士を倒しましたか?』などと気軽に訊ける筈もなく。
「…いや、何でもねー。
それとチャイナ、俺はいつでもオタクじゃねーからな」
「えー何でもないってなぁにー?銀さん気になるー」
「えーだってトッシー、前にトモエちゃんのお人形、観賞とか実用とかに使うって言ってたヨ!」
「うるせぇええ!同時に喋るな!」
万事屋メンバー二人を相手にすると埒が明かない、と判断した土方はとりあえず今度、銀時が一人の時に訊いてみる事にしようと密かに心に決める。
「…もういい。買い物中邪魔して悪かったな」
「ちょっと、聞いた神楽ちゃん!あの土方君が悪かったな、ですって!」
「聞いたヨ銀ちゃん!あの税金泥棒が悪かったなって言ったアル!」
一々小馬鹿にしてくる二人に反論しようとするも、やはりキリがないので土方はそのまま二人の横を通り過ぎる。
すると、数歩離れた所でも背中越しに声が大きい二人の会話が聞こえてきた。
「今日のお夕飯はハンバーグヨ。喜べ銀ちゃん!」
「はぁ、お前肉なんて買ったの!?只でさえ金ねーのに!」
「大丈夫!作り方は姉御から聞いてるからバッチリヨ!」
「いや、作り方じゃなくてお金の話ね!」
なんとなく土方は足を止め、後ろを振り返る。フワフワ揺れる銀髪パーマと、その横で嬉しそうに跳ねる少女の背中が遠ざかる。
(アイツじゃ、ねーな。きっと)
二人の姿を見送りながら土方はそう思う。銀時は無暗やたらに人を痛めつけたりしない。
きっと銀髪の髪型や背格好や声が似ていただけなのだろう。
…だが、他人とあれだけ特徴が似るのはどれ程の確率だろう?
『…俺に必要なのは、アイツだけだから…』
何より土方は、彼が最後に言った言葉が気にかかっていた。