その日。
近藤は家の道場の手伝いで先に帰り、山崎と原田は部活。
風紀委員として学園祭及び修学旅行の反省会に放課後、総悟と二人で出た。
勿論、生徒会メンバーも出席。GG総督である銀時もその場に居た。
「今日は、その可愛いツラぐっちゃぐちゃにしてやろーと思ってよ」
告白の返事を待っているであろう彼は、それでもテキパキと会の進行を務めていて。
それでも時々目配せのような視線の投げかけに図らずともドキリとしていしまう。
あんな吸い込まれそうな深紅の目で見ないで欲しかった。
まだ、どうするか決めていないのに。
「へェ?それでワザワザ俺が学校から出てくるの待ってたワケかィ。ご苦労さまでィ」
会が終わると、隣に座っていた総悟は早々に席を立った。
いつもなら甘えて土方に『帰りやしょうぜィ』などと言ってくるのに。
堪え切れなくて思わず、それを追いかけてしまった。銀時の居る前で。
「総悟…!テメーら、放せよ、クソが!!」
呼んでも総悟は振り向かないし、足も止めない。
恐らく修学旅行の事で怒っているのだろう。
そのまま後を追って校門を出ると、彼らが居たのだ。
学園祭の前に銀時を…ひいては後輩をリンチしていた他校の生徒達が。
この間、冷めた態度を取られたのが気に入らなかったせいか総悟に仕返しをする為に張っていたようだ。
土方は下っ端らしき二人に抑えられ、総悟を手助け出来ないようにされてしまう。
「畜生、オイ、そこのお前っ今すぐ先生を呼んできてくれ…!」
遠巻きに様子を見ていた下校しようとしている女生徒に土方は叫ぶ。
『えっ』と彼女が目を見開いた途端、連中の一人が余計な事を言った。
「ねーちゃん、先公呼んで来てみろよ?お前の顔覚えたからな。追い回して犯してやるぜ?」
「い、いや、呼ばないから、やめて…!」
怯えたように女生徒は逃げ出す。その様子を見た男共は笑い出した。
連中のあまりの下衆さに土方は唇を噛み、無表情を装いながら総悟は密かに拳を握る。
「あーあー。これだから馬鹿は嫌なんでさァ」
からりとした調子で言った総悟を男達は睨みつけた。そんな彼らを見下すようにニヤリと笑みで返す。
「馬鹿って言って振り向くんじゃねーやィ。ホントにアンタら馬鹿?馬鹿の星に帰ったらどうですかィ」
「くっそ、ムカつくんだよてめぇ!スカしやがって!」
怒りが頂点に達したのか、総悟を囲んだ連中は一斉に彼に襲い掛かる。
「総悟!!放せ、放せよ!!」
土方がどんなに暴れても、男二人掛かりで抑えられてはどうしようもなかった。
誰か!
辺りを見回して助けを訴えるも、誰も助けてくれそうな人間は居ない。
畜生、誰か。
総悟は確かに強い。強いけれど、あんな人数に畳み掛けられたらどうなるか分からない。
誰か、頼む。
総悟を助けて。誰か護って。
アイツは、俺の。
『はぁい、終了でぇす』
そうだ。前もこうやって、俺の力じゃどうしようもない時があった。
学園祭で、北大路達にはめられて、その時俺を救ってくれたのは。
助けて、くれたのは。
「ったく、本当に飽きねぇなぁ、おめーら」
「坂田…!」
銀色の髪が夕陽を反射して、眩しいくらいキラキラと輝かせながら彼は現れた。
思わず土方はその名を呼んだ。
聞き覚えのある声に一同は声の主の方を向き、囲まれていた総悟も驚愕の表情で呟く。
「総、督…?なんで」
「なーんか様子が可笑しいと思って追ってきてみたらこれですか」
颯爽と現れた彼は、ポリポリと頭を掻く。
「テメーら、俺の手の届く範囲で同じ過ち犯すたぁ良い度胸だね。
この間と違って今の銀さんは「おーい、総督に風紀委員。てめーら学校前で堂々とケンカしてんじゃねーよ」
拳をポキポキ鳴らしながら威嚇し始めた銀時の頭を、背後から突然ぐわしっと掴んだのは高杉だ。
教師の出現にも、男達は怯むどころか総悟を取り囲むことはやめずに喰いかかって来る。
「ハッ、生徒同士の喧嘩に教師呼ぶなんざ、ダッセーなぁ銀魂学園の生徒会長ともあろう奴がよ!」
「ちっげーよバーカバーカ!俺は呼んでねーよ、コイツが勝手に来ただけ!高杉、よくも俺のカッコ良い登場シーンを台無しにしてくれたな!」
「え…高杉…?」
「今、高杉って言った?アイツ」
銀時が高杉の名前を口にした途端、連中にどよめきが走り、一気に青ざめ始めた。
「左目に眼帯…隻眼の高杉だ…!」
「やべぇ、ぶっ殺されるぞ、散れ!」
勝手にオロオロし始めた男達は口々にそう言い、我先にと逃げ出し始める。
後に残された土方と総悟、銀時、そして高杉は早すぎる嵐の去り方に呆然とするしかない。
「…え、土方君。あの。なに?なにしに来たワケ?あの人達」
「いや、なんかこの間の仕返しがどーたらこーたらって」
「で、そうするとなんで高杉の名前聞いた途端、アイツら逃げ出すの?」
「あれじゃねーか。一昔前この辺一帯は俺の縄張りだったから、そっち方面では有名なんじゃねーかい?」
「(本当にコイツ、不良教師じゃねーか!!)」
話を整理しようとする銀時は、ニタリと笑んで答える高杉に戦慄を覚える。
そんなやり取りをしている傍ら、総悟も黙って去ろうとするのに気付き急いで土方は止めた。
「おい、待てよ総悟。大丈夫か?怪我とか」
「…なんなんでさァ。俺なんてほっといて、あそこで総督と楽しくやってれば良いだろィ」
容赦ない言い方に土方は胸が痛む。
告白のやり取りを知らないにしても、銀時と土方の接近具合をやはり勘づいているのだろう。
「か、関係ないだろそんなん。というか、せめて二人に礼ぐらい言えよ」
「嫌でィ。総督が助けたのは俺じゃなくてアンタでしょう…!?」
「総悟!!」
土方の腕を振り払って総悟は駆け出す。
追う?追わない?どっち?
銀時を選ぶなら追うな。
自分の中の自分が問い、そう告げてくる。
分かっている、そんな単純な事。
じゃあ俺は、どっちを選ぶんだ。
俺は――…
「土方君?沖田君、どうし…」
「坂、田」
心配そうにかけられる銀時の声に土方はドキリとする。だが、遮るように土方はその名を呼んだ。
有無を言わさぬ内に、その言葉を言った。
大好き。大好きだよ、坂田。
でも
「ごめん…っ」
え?
そう言ったような口と、その深紅の瞳が見開かれた銀時の表情が形成される。
愛しい彼のその顔をもうそれ以上見たくなくて、土方は彼に背を向けて総悟を追った。
そんな土方を追いかけも、ましてや呼び止めも銀時はして来なかった。
「総悟、総悟待てよ!」
小さな後ろ姿を追いかけながら土方は叫ぶ。何事かと人々が振り向くが気にしない。
気にしてなんて居られなかった。
「そうご…!」
「嫌、だ、放せ!!」
なんとか追いつき、土方は息を切らせながらも総悟の腕を掴む。
振り解こうともがいてくるが、放さないように懸命に抑えた。
「放せよ、なんなんでィアンタ!!」
「総悟、落ち着け。落ち着いて話そう。な?」
「うるせェ!土方さんだって、結局本当の事を言ったら離れてく。分かってるんでさァ」
「…総悟。分かった。もう隠し事はやめよう。俺もお前に隠してた事を言う。だから」
「へぇ?じゃあ俺から先に明かしやしょうか。土方さん」
ぽた。
そう言った総悟の目尻から涙が一滴垂れ落ちる。
アスファルトに落ちてシミを作った。
「俺、全部知ってたんでさァ。アンタが姉上としてた約束。
でも知らないフリしてた。土方さんを傍に置いておきたかったから」
泣きながら総悟は、笑っていた。
「俺とミツバの約束?何の事だ」
あまりの衝撃的な言葉に土方は面食らう。
総悟の言う隠し事というのは、自分と銀時について勘づいている事だと予想していたからだ。
動揺しつつも相手を伺う。総悟はかまをかけてきただけかも知れない。
「土方さん、姉上と約束したでしょう。俺の幸せを護るって。だから、本当の事は言わないって」
「本当の事、って」
「アンタが結婚しよう、って言ったのは本当は俺じゃなくて姉上に言ったんだって事でさァ」
弱々しく言う総悟を見ながら、土方まで気持ちが沈んでいきそうになった。
『みつば。おっきくなったら、おれとけっこんしよう』
幼い頃。病弱ではあったがまだミツバに元気があった頃。
彼女を好いていた土方は、弟である総悟にそう、練習のつもりで言った。
『…なんて言ったらミツバ、驚くかな』
『アンタ、俺の前でそれを言うなんて良い度胸でィ』
その事は、他愛ない会話の後にすぐに土方は忘れた。
近藤の家が開いている剣道の道場に通っていたし、小学生に上がればそれなりに恥じらいも生まれてくる。
しかし、男3人でつるんではしゃぐ毎日は楽しかった。こんな日々がずっと続けば良いと思っていた。
そんなある日。
ミツバが亡くなる一ヶ月前だった。
病で寝たきりになるミツバ。それを看病した総悟もボロボロになっていたのは目に見えていた。
『総悟。ミツバが心配なのは分かる。でもお前がそんなんになってたら意味ねーだろ』
『・・・でも、医者が言うにはいつ危なくなってもおかしくないって言うんでさァ。
だったら傍に居たい。姉上だってそう思ってるはず』
『でも』
『ねぇ、土方さんは俺の傍に居てくれるんでしょう?ずっと』
『…え?』
『だって、結婚の約束してくれましたよねぇ?』
あの時、総悟が記憶を錯誤してる事に気付けば良かったんだ。そして、違うって言えば良かったんだ。
なのに甘い世界に総悟を突き落としたのは自分。
ずっと傍に居れる保証なんてないのに。
だから騙してた代わりに、総悟がもう良いって言うまで傍にいようと思っていた。
「…お前、いつから知ってたんだ。もしかして初めから」
「いいえ。聞いちゃってたんです。アンタ達の会話。
ああ、あれは俺じゃなくて姉上に向けてた婚約の言葉だったんだって思い出して」
もう暴れる素振りを総悟は見せなかったので、土方は腕を掴んでいた手の力を緩める。
すると、まるで繋ぎとめるかのように総悟は続けた。
「…俺ね、ずっと悔しかったんです。俺の欲しいモン、全部土方さんに持ってかれたから。
姉上も近藤さんも、俺がなりたいと願うモンをアンタは持ってて。
だからムカつくから、利用してやろうとずっと思ってた。・・・でも」
「…でも、なんだよ」
「土方さんの手が、温かかったから…」
出棺の時に散々泣き喚いて、でも親戚の小言が聞こえてきたらもう全てがどうでも良くなって。
そんな時に、涙を堪えて握ってくれた手を今でも忘れない。
「分かってた。アンタが坂田銀時に惹かれ始めてる事くらい。
何年も傍に居たから、気付いてた。だけど渡したくなかったんでさァ。
他の何を奪われてもアンタだけは、誰にも渡したくなかった…」
縋るように総悟の手が土方の肩を掴む。きっと泣くのを堪えているのだろう。
総悟はいつだってそうな事を土方は知っていた。ソレを知っている土方を、総悟は知っていた。
「分かってる、姉上が死んだときから、もう、ずっと。
人がずっと傍に居られない事、分かってるんでさァ。だから、もういい」
ああ、心が引き千切れそうだ。
言えたら良いのに。
俺以外の奴の…総督の隣で笑っている土方さんを見ても、良かったですねって言えたら良いのに。
「もう良いんでさァ、土方さん」
でも嫌だ。
土方さんは俺の傍に居て欲しい。誰にも渡したくない。誰にも。
相手を本当に愛してるなら無条件でその人の幸せを願える、なんて誰が考えた言葉。
「アンタが総督を好きなら、俺はそれでいい。だから俺なんて構わずに今すぐあの人の所に戻って」
だって、ワガママな俺を見守ってくれた姉上。
一人でいた俺を見つけてくれた近藤さん。
頑固な俺の心を解いてくれた土方さん。
そんな人達をどうやって手放せば良いっていうの。
どうやって、自分ナシであの人達の幸せを願えば良いっていうの。
「幸せになってくだせェ…っ」
ねぇ、こんな事を考えているのは滑稽?馬鹿らしい卑怯?
だって本気で思ったんだ。
本気で、土方さんが女だったら孕ませて一生傍に置けたのに、とか考えてるんだ。
こんな俺はどうしたらいいの。
でも、そんな俺をどうしようもなく知ってる土方さんの答えを、俺はもう分かってる。
「総悟。俺、さ」
総悟は土方の肩を突き返していた手が震えているのに気付いた。
本当は傍に居て欲しくて堪らない、気持ちの表れだった。
そんな彼に、土方は静かに口を開く。
「お前が言う通り、俺、坂田に惹かれてた。」
土方の告白に総悟は何も答えない。それでも構わずに続けた。
「…ちょっとアイツとは総悟や近藤さんの知らねぇ所で色々あって…そんで多分、可笑しい話だけど
坂田の事、好きなんだと思う」
「・・・へ、ぇ、そうですかィ。俺の最悪の部分も分かったし、これで土方さんも心置きなく」
「でも、離れねぇよ、俺は」
ヒク、と総悟が喉を鳴らしたのが土方の耳には聞こえた。そして震えている彼の両手をそっと包んでやる。
「お前も分かってんだろ。何年一緒に居ると思ってるんだ」
「土方、さ、だめ、です」
「だからもう、泣くなクソガキ。…俺はお前を、一人になんてしねぇよ」
(ねぇ、土方さん。俺はアンタがそう言ってくれるって分かってた。それでもいい?訊ける筈もないけれど)
一人ぼっちが嫌なくせに、一人ぼっちを選ぶ総悟。
そんな彼を置いて、銀時を選ぶ事などやはり今の土方には出来ない事だった。
縋りつくように抱きついてくる総悟の背中に手を回しながら考える。
銀時に今の自分の気持ちを正直に伝えよう。
恐らく、今の彼なら理解してくれる筈だ。
「…帰るか。多分明日は高杉先生に色々どやされるだろうけど」
「はは、違ェねぇや」
「あ、そーいやさ。修学旅行の最終日。俺がいないのに一番初めに気付いたの、お前なんだって?ありがとな」
「・・・・あン時、総督と現れたアンタを見て、俺がどれだけムカついたか…」
「え、なんだよ」
「なんでもねーやィ」
その時の俺は総悟とちゃんと理解し合えた事に気持ちが精一杯で。
坂田があの後どうしただろう、とかは二の次だった。
いつも飄々としている彼なら大丈夫だろう、と変な信頼があるせいでもあった。
そして翌日、銀時は失踪した。