最近よく懐かしい夢を見る。
それは実際に過去に体験したから懐かしいと思うのではなく、只感覚的に懐かしいと思うのだ。起きてしまうともう何一つ思い出せないのだが、その懐かしさは愛された、という妙な感覚に陥るものだ。
障子の間から朝日が差し込み、朝が来た事を教えられて土方は瞼をゆっくりと開く。そして上半身を起き上げて今しがたまで見ていた夢を思い出そうとする。
また幸福な夢だった。誰かに無条件に愛される夢。しかしその相手が何処の誰で、どんな方法で愛してくれたのかは思い出せない。
「ちっ、またかよ…」
思い出せない焦燥が苛立ちへと変わる前に灰皿を手繰り寄せ、煙草に火をつける。
一度や二度ならまだしもこうして毎日のように同じような夢―更に思い出せない夢ともなると、何か自分の心境に関係があるのではないかと考えるも全く検討もつかない。
引っ掛かるものと言えば、万事屋における記憶喪失の件ではあるが、今の所は生活に何の支障もきたしていないのである。
その件ではないだろうと思いつつも、この夢と同様思い出せないものなのだ。
「はー…着替えるか」
これ以上考え出すときりがない。故になるべく万事屋の主人の事も思い出さないようにしている。彼を頭の中に浮かべると無性に悲しくなる。目を逸らしたくなるのだ。
その理由も土方には検討がつかなかったが。
「失礼します、副長!」
先日、総悟が攘夷浪士を捕縛する際に破壊した家屋についての始末書を書いている土方の自室に山崎が入ってくる。筆を動かす手は止めずに、何事かと視線を山崎へと向ける。
「あのー副長って今月誕生日じゃなかったですよねぇ?」
「あぁ?違ぇよ。なんでだ」
「いや、なんか副長に贈り物が」
山崎がおずおずと差し出したのは、鮮やかな橙色をした蜜柑であった。
「副長は怪我してましたし、見舞いの品かとも思ったんですけどこの蜜柑一つだけで」
一応蜜柑を模した爆発物ではないかと点検はしたのだが、特に問題も無さそうな為に山崎は持ってきたのだという。
「手紙の類も無くて、『副長様へ』って書いた紙切れと、それだけがあったんですよ」
果物を贈られてくる心当たりは全く無かった。更に山崎の言う通り蜜柑一つだけなどと尚更。しかしその蜜柑を受け取りながら自分が何処か懐かしい気持ちに浸っている事に気付く。
自分が貰った経験があるのだろうか?それとも渡した?どちらにしろ思い出せない。しかしこの橙色は何処かで見た事がある。
関係あるのだろうか?最近よく見る夢と、この蜜柑を贈ってきた主は。送り主が不明という事で確かめる術も無かったが何かがあるという予感だけは、土方に感じさせた。
「あ、そういえば局長と副長、明日から有給ですよね。その間沖田隊長だけで真選組、機能するんですかね〜」
「は?近藤さんと誰が有給?」
「え、だから局長と副長が明日から」
「はぁああああぁ!?」
*
「おやー素敵ですね!青い空に白い雲!何処までも広がる海原!そして僕の隣にはお妙さん!この近藤勲、もうこれ以上何もいりません!!何も望みません!!」
「そうですねぇ。あとは隣のゴリラが存在ごとここから消滅してくれれば最高なんですけど。ねぇ土方さん?」
「いや、一応俺達の大将だから消えられると困るんで」
可笑しい。可笑しい。そう思いつつも土方は突っ込めずにいた。
レジャーシートを敷き、パラソルをさしたその下には近藤、お妙、土方が並んで座り。
「ふふふ!海ってすごい楽しいアル!」
「良かったねぇ、神楽ちゃん。これも源外さんが特製日傘付き浮き輪を作ってくれたおかげだね」
「オーイ、はしゃぐのは結構だが熱中症とか気をつけろよ。特にお前だぞ神楽」
「はーい」
更に目の前の海では万事屋一行が家族よろしく楽しそうにはしゃいでいる。
近藤とお妙のちぐはぐな会話を横で聞きながらその光景を眺めている自分がここにいるのは明らかに可笑しいのだが、どうしようも出来ずに居た。
あの記憶喪失の一件以来、まともに会話をしていない銀時が居るのは非常に気まずい。
こんな事の成り行きは、お妙が南の島でバカンスをしたいと言い出したのがきっかけであった。それを叶える為に近藤が自腹を切ったものの、何故かお妙だけでなく万事屋の三人組も付いてきたのだと言う。土方が呼ばれたのは、良い休養になるからという近藤の粋な計らいによるものであったが、それは銀時が来ないという前提であったからだ。
近藤にとっても予想外であった為、更に土方を想って呼んでくれた為に責める事は出来ないものの、それでもどうしたら良いか分からず、とりあえず海水パンツにアロハシャツ(海はアロハシャツだろ!な、トシ!と近藤に万遍の笑みで押し付けられた)という出で立ちで今、この砂浜に居た。
「あ、携帯忘れたからちょっと部屋に取りに行ってくるわ」
そこで土方は組用の携帯電話をここへ持ってくるのを忘れていたのを思い出す。こうしている間に自分達が居なければ対処出来ない事件でも起きてしまえば大変だ。
「おお、悪いなトシ」
密かに近藤とお妙を二人きりにさせてやろうという魂胆もあったのだが。
土方は立ち上がるとホテルへと向かう。近藤がお妙の為にと部屋をとったホテルはプライベートビーチを保有しており、そこまでの道のりはちょっとした密林の冒険を味わえる。
そこを歩いていると、突然茂みから何かが飛び出して抱きついてきた。
「うわぁああぁ!?」
「銀さぁん!やっと一人になる時が来たんだゾ!」
「なっなんだお前!?」
物凄い勢いで地面に倒され、敵襲かと思わず帯刀していた得物に手を伸ばす。しかしその口ぶりから敵ではないと認識した。何故なら相手は『銀さん』と呼んだから。
「私だよ、さっちゃん!暫く会ってないからって忘れちゃ嫌!」
「いや、俺万事屋じゃねぇんだけど」
「えぇっ」
相手は紫色の長髪を揺らし、泣きぼくろがある顔をぐっと近づけてくる。そしてそのままガシッと顔を両手で掴んできた。
「いいえ、そんな筈ないわ!だって同じ背丈で同じ体格だもの!私間違える筈がないもの!」
「いたっ、テメ、いてぇ!いい加減にしねぇとしょっぴくぞコラァ!」