「あ、旦那」
「お」
久々に給料も入り、銀時がパチンコにでも行こうかとした所に総悟と、渦中の人物土方に路上で出くわす。あらかじめ話をしておいた銀時と総悟は普通に対面が出来たが、記憶喪失騒動の後に会う事の無かった土方は気まずそうに視線を逸らす。そんなあからさまに避けなくてもと思う反面、土方に会えた事を内心喜んだ。忘れられた事も暫く会えない事も、彼の元気な姿を見れた事は喜ばしい事だ。
あの制服の下の傷は癒えただろうか。自分が犯された事は気付いているのだろうか。むしろ自分をまだ思い出せないのか。短い時間の中で銀時は考えを巡らせる。
それに総悟は気を使ったのか、口を開いたのは彼だった。
「こんな所で会うなんて奇遇でさァ旦那。散歩ですかィ?」
「あーうん。まぁなー。ちょっと、打って来ようかなーみたいな」
「へーぇ。暇人は羨ましいや。俺らはまだまだ仕事ですもんねぇ土方さん」
ね、と首を傾げる総悟に、ぶっきらぼうに土方は、そうだなと答える。銀時に目もくれない土方が、煙を吐きながらそう返したのだ。
たったそれだけのやり取りが銀時を苛立たせた。
傷ついても仕方のない事。今の土方は恋仲であったのを覚えていない。
だったら、周りから一触即発な仲と思われている自分達はこんな距離で正しい筈なのだ。二人が恋人同士である事をばれないように、必死に照れ隠しながら会話しようとする土方の行動を期待するだけ無駄な話。
それでも、どうしたらこちらを向いてくれるだろうかと考えてしまう。
「じゃっ、そういう訳なんで俺らはここで。さっ行きましょう」
「お、おう」
なるべく土方と銀時を話させないように総悟が誘導する。
それに何も言えない自分が情けなかった。
擦れ違っても、暫く経ってから銀時が振り返っても土方はこちらを見ない。
彼の中で本当に銀時の存在は、無くなっているのだ。
どうしたら、なんて何度考えても意味の無い事だった。
土方の記憶喪失の原因といえば恐らく、銀時が居ない間の万事屋でしか考えられない。そして残されたメモの筆跡と葉の匂いは高杉を彷彿とさせたがそれもどうだか分からない。
つまりは、分からないのだ。どうしようもないのだ。
なのにこの苛立ちをどうすれば良いのかが分からない。
フラフラとネオンが眩しいかぶき町を、銀時は往くあてもなく彷徨い、自分が随分と長い間、徘徊していた事に気付く。行き交う人々の何気なく入る会話すら鬱陶しくて耳を塞ぎたくなった。
頭が痛い。何を考えたら良いか分からない。
「お侍さまぁ、ナースプレイなんてどーぉ?サービスするよぉ?」
思考が、思考の意味を成さなくなった頃に呼び込みの女らしき女に腕をトントンと叩かれる。ふと我に返ればいつの間にか自分は風俗街を歩いている事に気付かされた。いくら呆然としてたとはいえ、こんな所に来てしまったかと女に気付かれないように舌を打つ。
「ナースはお嫌い?じゃあメイドさんなんてどうですか?もう古いかな?」
一言も発さない銀時に対して女はペラペラと更に言葉の追随をかけてくる。
いや、金ねぇからいいっす。と言いかけた視界に、大胆にはだけた着物の合わせ目から今にもこぼれそうな乳房が入り込んだ。
男の生理現象ゆえに、ごくりと唾を呑む。土方と付き合い始めてから滅法世話になっていないものだ。
それは当たり前の事だと思っていた。
『万事屋、すまないが暫くトシに近づかないで居てやってくれるか』
そこで近藤に言われた言葉を思い出す。途端、銀時の心の中に言葉に出来ないもやついたものが広がった。
『は?触んじゃねーよ、気持ち悪い』
『なんで俺が万事屋の合鍵なんざ、貰わなきゃなんねーんだよ?』
土方にぶつけられた言葉も反芻される。確かに彼は乱暴な言葉遣いをするが、冗談で相手を傷つけるような事を言うのは滅多に無かった。
そこで段々、何故自分だけがこのように悩まなければならないのかと銀時は考える。
心配して触れれば気持ち悪いと言われ、渡した合鍵は玄関に放られていた。
おまけに彼の仲間に記憶が戻るまで近づくなと言われる始末。
「おねーちゃん。黒髪で巨乳の子いる?どきついSMにも耐えられるような子」
もう意味が分からない。
そう思った瞬間、銀時は女に要望を口走っていた。すると「ええ、可愛い子いっぱい揃ってますからぁ」と即返答される。相手からすれば客の呼び込みに成功し、猫撫で声を出しながらも内心馬鹿な男と大喜びだろう。
そう分かっていながら、他人にどう思われようが銀時にとってはどうでも良かった。
あの愛しい男に愛しいと思われていれば、それで良かったのだ。
「お兄さん、風俗は初めて?」
「あー…キャバとイメクラは行った事あっけど…こういうヤるだけ〜って感じのトコは初めてかも」
通された部屋はピンクの光に照らされた、小さな個室であった。内装は本当に簡素であり、簡易ベッドと壁に鏡、床には道具一式が揃っている。
銀時を相手する女は要望通り長い黒髪で、薄いナース服の上からでも分かる程形の良いバストである。整ってはいるが、どちらかと言えばキツイ顔立ちをしている土方に対して彼女は、女なのだと思わせる可愛らしい顔をしていた。
彼がもし女だったらもう少し細身で、背が高いのだろうかと無意識に比較している自分に気付き、今は女に集中しようと首を振る。
「えー?ヤるだけじゃないよぉ?ここは、アタシとお兄さんの愛を育む場所だよぉ」
甘えた声を出しながら、ナース服の女は手にローションを出し始め、ぬるぬると己の体に塗り始める。すると必然的に体のラインが服の上からでも分かるようになるのだ。ぷくりと存在を主張する乳首に、体が勝手に本能を表し始める。
「あっ、ん、もっと強く、揉んでぇ…」
手を導かれた先は女の胸。力を込めれば柔らかいソレはすぐに形を変える。
(アイツの胸は違う…うすっぺらくて、かたい)
「ん、は、吸って、アタシのおっぱぃ…」
(でも、だからあのちっせぇ乳首が、すげぇ可愛くて)
ぬめつく服を乱暴に肌蹴させ、露わになった胸を揉んでは吸うを繰り返す。その度に女は小刻みに喘ぎ、銀時の後頭部を撫でてきた。その瞬間に既視感が頭をよぎる。
『あっあ…、ぎんと、き』
初めに思い出したのは堪えきれないような声を出した土方の言葉。同じように胸を弄っている時だった。そして同じように彼は銀時の柔らかい髪を撫でた。
今目の前にしているような女の華奢な手ではなく、骨ばった男の手で―…
「おねーちゃん、悪い。やっぱりやめるわ」
「え、ちょっとお客さん!?」
銀時は女の体を引き剥がすと、懐から紙幣を取り出して押し付け、逃げるように店を飛び出した。脇目も振らずに痛いくらいのネオン街を駆け抜ける。
「ふ、く、ははは」
ようやく人気がない街外れに来た所で、ハァハァと肩で息をしながらも銀時は笑い始める。
「なーにやってんだ、俺」
誰も周りにいない事が幸いであった。独り言だとしても、言葉にしなければどうしようもない感情だったからだ。
「ほんっと、馬鹿。あんな良い女目の前にして、俺の好きなナースだったのに」
土方と初めて体を重ねた日を思い出す。彼は初心で、本当に可愛らしかった。
素直に指の動き一つ一つを感じていた。それを好きだと思った。
「はは、アイツにゾッコンじゃんよ、俺」
好きで好きで堪らなかった。結ばれなくても構わなかった。
いつか離れる覚悟はしていた。それでも彼の中に自分の存在が確かに在るのならば。
「もう、本当…」
しかし、自分が居ない。彼の何処を探しても。
「土方…」
*
「銀ちゃーん。南の島に行きましょうって姉御が!あのチンピラ警察共と一緒アルけど」
現状は何も変わらないで居たある日、同居している少女から可笑しな誘いが舞い込んで来たのは土方が記憶を失くしてから一ヶ月経った時であった。