だが、その手は払いのけられた。思わず銀時の思考が停止する。
気持ち悪い?俺の手が触れないようにした?どうして?
そして色々な考えを巡らせてみるも、只単に何も言わずに旅行に出かけたのを土方は怒っているのではないかと考える。

「気持ち悪いとか、銀さん傷つくなーそれよりさ、お前その肩の傷どうした」
「てか、なんで俺、お前の家にいるんだ?」

銀時の話を遮り、土方はそんな言葉を口にすると肩の傷が痛んだのか顔をしかめる。
何故と問われてもそれは自分が訊きたい事だというのに。

「やっべ、記憶がねー。もしやまたお前と呑み比べして酔いつぶれたか?俺。
 でもそんなんで勝った気になんなよ」
「ちょちょちょ、ちょっと、待って」

強気な発言をする土方を、今度は銀時が遮りながら考えた。
覚えていないとはどういう事なのだろう?肩の傷も何も、覚えてないというのだろうか?

「えっと確認させてくれな。その肩の傷に覚えは?」
「・・・ねぇ」
「えーと、じゃあそもそもどうしてお前が俺の家にいるのかな?」
「え?だから、俺が酔いつぶれてテメェん家に来たんじゃねぇのか?」

記憶が可笑しくなっているとしか思えない。
更に怪我の記憶も、この家に来た経緯も覚えていないようだ。
犯された事も覚えにないようで、また呑み比べの果てに自分が先に酔いつぶれ、万事屋で介抱されたと思っているようだ。
銀時はわけが分からなかった。
どう考えても、旅行から帰ってきた我が家で一番初めに目にした光景は、肩から血を流し、その体は誰かに襲われて気を失っていた土方の筈だ。
そこでふと、銀時は感じた違和感を思い出す。

「なぁ、土方君。お前俺の家に入る時どうした?」
「はぁ?どうしたって、だから覚えてねぇって言ってんだろ」
「…じゃあ、いっつも俺ん家に入る時はどうしてる?」


まさかそんな筈はないと考えながらも、銀時は質問をしていく。
怪訝そうにしている土方の眉根を寄せた皺が、濃くなっていくのを見つめながら。

「意味わかんねーんだけど。どうもしねぇよ。お前ン家なんて来ねぇし」
「・・・俺、渡したよね。合鍵」

銀時が土方に万事屋の合鍵を渡したのはつい最近だ。
いつもは従業員の子ども達や犬でうるさい家だが、彼らが志村家に泊まりに行ったりすると途端に静かになる。その静けさを堪能するのも手だが、やはり普段、中々会えない彼と過ごしたい気持ちがあった。

呼び出した時に、出入りがスムーズになるようにと愛しい人に鍵を渡したのだ。
受け取った直後は驚いて硬直していたが、すぐに我に返り「こっこんなん貰ったって行かねーぞ俺は」などと、つれない台詞を土方が言ったのを覚えている。
それが、喜びを気付かれないように、精一杯の照れ隠しなのを銀時は分かっていた。
「じゃあ来なくていーよ、返して」とからかうように言うと「俺が貰ったんだ、返すかよ」とどこぞのガキ大将のような返事が来たのだ。掌におさめた鍵を、大切そうに握り締めながら。

そんな他愛ないやりとりがとても愛しく、そして幸せに思ったのを今でも忘れない。
お互いに大切な事だった。少なくとも銀時にとってはそうだ。
これからも、そうした小さな幸せを分け合っていけるものだと信じていた。

「合鍵?なんで俺が万事屋の合鍵なんざ、貰わなきゃなんねーんだよ?」

だが、土方の返答は銀時の期待していたものと違った。
そして相手の言葉が全て嘘偽り無いものだと分かる。
初めは拗ねているだけだと思ったが、彼がこんな冗談を言えるわけがないのだ。

「…っだよ、それ。冗談じゃねーぞ」

土方の中からごっそり記憶が抜けている。ここへ来た前後の記憶。
そして言動から察するに、万事屋としての銀時の存在があっても、恋人としての銀時の存在が土方にはないのは明白だった。
恐らく肩の怪我も、酔ってどこかで負ったものだとしか考えていないだろう。

頭が可笑しくなりそうになるのを、頭を抱える事で必死に堰き止める。

「なぁ万事屋。よく分かんねーけど、俺そろそろ屯所戻るわ。まぁ、世話になったのは貸しにしといてやるよ」

言いながら土方は立ち去ろうとする。
恐らく彼にとっては、どうでもない事なのだ。
当たり前だ。恐らく彼は自分が犯された事を分かっていない。
肩に怪我をして、酔いつぶれて、だから万事屋に来た前後の記憶がないと思っているからだ。

「あ、ああ。肩の怪我、一応お医者さんに診て貰った方が良いと思うよ」
「おーじゃあな」

引き止めたかった。
ここで何があったのかと、誰に何をされたのかと、どうして何も覚えていないのかと問い詰めたかった。
だが情けない事に銀時は土方を普通に見送ってしまったのである。
そして、彼が誰とも分からぬ輩に犯された跡は全て清めたから、恐らく覚えていないのならば分からない筈だと全く関係の無い事を心の隅で考えていた。

「え?つまりどういう事、なんだっ、け?」

バラバラになりそうな心を銀時は必死に繋ぎとめる。そして今しがた自分に起きた出来事をなんとか整理しようと試みた。
だがそれは無理で、そのまま力なく床にしゃがみこむ。

とりあえず階下に居るお登勢の元へ戻らなければ。
新八達が心配してしまう。
そうだ、また今度会った時には彼は元に戻っている筈だ。
見回りの土方と道端で出会い、ふとした瞬間に目が合い、照れたように彼は目を逸らすんだろう。それを見て自分は笑いながらも、内心愛しく思うんだろう。

そうだ。戻るはずだ。
またいつもの俺達に戻るはずだ。今度会った時、今度。
今度は。

『今夜、万事屋に来て』

(じゃあ、あのメモは何だったって言うんだ)

そこでふと、玄関に小さく、鈍く光るものが落ちているのに気付く。
そしてそれが土方に渡した合鍵だという事に銀時はすぐに分かった。


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