土方との始まりは、池田屋ホテルで桂と再会した時だった。
江戸を守る武装警察の真選組副長である身の彼を、もしかしたら見かける、もしくは擦れ違う程度の面識はあったかも知れない。
しかしああして面と向かい、言葉を交わしたのはあれが初めてだった。
そうしたひょんな事から、真選組との腐れ縁は結ばれ始めていた。
その中でも、意地っ張りで強がりな土方…決して己の意思を譲らぬ彼とは衝突する事が度々あった。
例えばそれが食べ物の好みであったり、時には妖刀の呪いによって弱りきった彼の人格であったりと様々だ。
土方は助けを乞わない。決して『助けて』とは言わない。
一人でなんとかしようとするその姿は、放っておけない程危なっかしいものであり…其れゆえに、『真選組を助けてくれ』というその言葉に銀時は大きな衝撃を受けた。そして気付いてしまった。
銀時は土方にかつての己を重ね、見ていた事を。
自分には背負いきれず、大切な温かいものを全て両手から滑り落としてしまった。
だからどうか、どうか土方にはそうなって欲しくない、と。自分の両手で護りたいものは護りぬけ、と。
そして同時に土方の魂が消えるという事を許せない自分が居る事にも、気付いてしまった。
『ねぇ、好きなんだけど』
酒の言葉を借りて、銀時はある日そう言った。
またもやお互いの意地がぶつかり、呑み比べをしたのは良いが二人とも酔いが回るに回り、路地裏で潰れている時だった。
呂律が回れていたのか正直覚えていない。そもそも酔っている相手に対してそんな事を言ってしまう自分も可笑しい。
好きだという気持ちを伝えてどうするつもりなのか。
付き合いたいのか。彼と接吻したいのか、それとも抱き合いたいのか、愛したいのか分からなかった。それ以前に彼は幕府のもとで真選組の副長で、誰かを好きになるとかそういうのに現をぬかしている暇はない。むしろそれ以前の問題で、土方は男だ。肝心な事を忘れている。
馬鹿だ、滑稽だ。
本当に自分がどんなつもりで『好きだ』と言ったのか分からなかった。
その場の空気に耐え切れず、銀時が言わなきゃ良かったという後悔に苛まれて天然パーマを掻き毟り始めると横から『冗談じゃねーぞ』と小さく呟く声が聞こえる。今何て言った?と訊き返す前に相手が声を張り上げた。
『てめぇ、笑えねぇ冗談言ってんじゃねぇぞコラぁ!』
『じょっ冗談じゃねーよ!好きだよ、俺だってなんでテメーみたいなピッタリ前髪マヨラー野郎なんか好きなんだって思うけどなぁ、好きなモンは好きなんだよバーカ!』
『バーカ、じゃあ、じゃあ…言うんじゃねーよこのテンパ野郎・・・!
気付かなきゃ良いのに、気付いちまったじゃねーか…』
酒で赤みを帯びていた土方の顔が…否、路地裏で薄暗いせいかはっきりとは分からないが、それでも更に紅潮したのが分かる。
言われなきゃ気付かなかった、というのはつまり。
『土方…!』
『ん…』
土方も銀時が好きだという気持ちが、目覚めてしまったという事。
『万事屋、ぁ』
酒のせいと言えば正直、嘘になる。
目の前の無防備な愛しい男を支配してしまいたい衝動に駆られた。
土方の体を抱き寄せ、後頭部辺りの髪を掴み、口づける。突然の行為に逃げようとする相手を再び抱き締めてそのまま唇を重ねた。大きく息を吸おうとした土方の開いた咥内にすかさず舌を突き入れれば、初めはおずおずと引っ込められていた相手の舌もやがて迎え入れるかのように応じてくる。
深く口付けながら銀時は手持ち無沙汰にしている土方の両手を、そっと己の片手で包んだ。すると弱々しくもそれは握り返された。そして今までは受けるだけだった土方も、貪るようなキスに変えてくる。
舌の絡む感覚と、ちゅぱちゅぷ、という音は官能を刺激させた。
が、それよりも大きな幸福感が銀時を酔わせた。
辛抱堪らず銀時は口を離すと土方を力の限り抱き締めた。
初めは小声で『痛ぇ』と呟いたが、その後に土方も背中に手を回し、力強く抱きしめてくれる。
背徳を伴うこの腕の中の幸せを、今度こそ抱き潰してしまわないようにと銀時は誓った。
『絶望ミゼラブル』
そんな土方が、何者かに襲われた。傷つけられ、犯された。あろう事か、銀時の帰る場所で。どんなに揺すり起こしても土方は起きない。呼吸に耳を傾けてみると眠っているだけだという事は分かり、とりあえず汚された彼の体を浴室で洗って清め、怪我をしている部分も手当てをした。
肩に傷を負っていたが、出血量からして見た目より大きな怪我ではなかった。
しかしだからと言って放っておくわけにもいかない。しかし、どうやって病院に運ぶかが問題だ。救急車を呼んでも良いが、正直目が覚めた時の土方を傷つけたくない一心で、その選択肢を銀時は閉ざす。
怪我は診てもらいたい。だが、この『犯された』という事実を他の人間には知らせたくない。土方もそれは嫌がるだろう。
とにかく、彼が目を覚ましてくれない事にはどうしようもなかった。
この家で何が起こったのか、誰にこんな乱暴をされたのか…本当に、高杉なのだろうか?
「う・・・」
そこまで考えかけて、土方が目を覚ましたのか呻き声を上げた。そちらへ視線を向ければ、ゆっくりと瞼が開かれていく。
「土方君、大丈夫?」
「よ、万事屋…?いてっ」
声をかけると『万事屋』と呼ばれる。どうして、と銀時は思う、二人きりの時は照れくさそうにしつつも『銀時』と呼んでくれると言うのに。
だが今はそれどころではなかった。そのまま起き上がり、肩の怪我に土方が顔をしかめるからその背中を支えようとした。
「オイ、あんま無理したら…」
「は?触んじゃねーよ、気持ち悪い」