涙が今にも零れ落ちそうな瞳が俺を見つめる。その表情は、困惑という名前。つまり俺が言っている意味が何たるかを分かっていないという事。
ああ、そうか。お前にとっても俺はやはりその程度か。あの橙色の記憶をひたすら大事にしていたのは俺だけか。
「なっ、何、だ?意味、わかんない、ぞ」
「そうかい。じゃあそのまま俺に犯されな」
「っあぐ!」
ずっと確かめるのが恐かった。
コイツにまで『俺』を忘れられていたら、もう何処にも希望なんてないと思っていたから。
あとはもう本当に、こんな世界を壊すだけだと思っていたから。
「クク」
それで結構。これでもう何も躊躇いはない。
俺は弛緩している土方の両脚を持ち上げて己の肩に掛けた。そのまま腰を律動させて思うがままに相手の体を揺さぶる。
土方は声にならない悲鳴を上げながらひたすらにその行為に耐えていた。硬い床の上で、おまけにキツイ体位。出来る事なら俺にしがみついてしまいたいだろう。
だが土方はそうしなかった。暴力に対する悔しさに堪えながら、床に爪を立てて必死に俺の揺さぶりに耐えていた。
それが彼のプライドなのか、銀時への操立てなのか正直見当もつかない。
どちらでもあるかも知れないし、どちらでもないかも知れない。
それが更に俺をイラつかせた。
俺の知らない銀時との時間を過ごし、俺との過去を忘れている彼が、許せない。
同時に歯痒ささえ感じさせた。
憎い。憎い。俺はここから動けないのに。
もう何処にも行けないのに。
何故お前達が笑っている。
何故お前達が愛し合っている。
何故、そうしてのうのうと生きていられる。
『銀時が…一番この世界を憎んでいる筈のアイツが耐えているのに』
ヅラがそう言ったのを思い出す。
違う。俺はそんな言葉を望んでいたわけじゃなかった。
俺は、ただ。
「はっ、ははっ、泣け、土方ァ」
ただ。
「もっと泣けよ!!」
・・・ただ。
『絶望ミゼラブル』
「…?」
銀時が違和感を感じたのは、我が家へと通じる階段を上ろうとした時だった。
従業員である新八と神楽、そして大家であるお登勢達と共に先程旅行から帰ってきたばかりで、夕食はスナックお登勢でその面々ととることになったのだ。
大家の彼女達が食事を作っている間、銀時は恋人である土方へ帰ってきたという連絡を入れようと自宅へ戻る。なにせ旅行へ行く事を告げずに出掛けてしまったのだ。色々不在だった言い訳やら機嫌を直す方法を考えていたその矢先である。
違和感の正体が『何か』と訊かれれば正直答えられない。しかし感覚が、いつもと何か違う事を銀時に知らせていた。
腰に常備している木刀に手を掛けながら足音を立てずに玄関の扉を開ける。
暗い室内、踏み入れるとコツリとブーツの爪先に何かが当たった。なにかと思い、拾い上げてみればそれは、土方に渡した万事屋の合鍵であった。
そこでゾクリとしたものが背を駆けたかと思えば、性と血の匂いが鼻腔をつく。
嫌な予感が胸中を騒がせ、乱暴にブーツを脱ぐと照明のスイッチに手を伸ばす。
そして応接間のソファーに目を向け、信じられない光景に銀時は眩暈がした。
「ひじかた…!」
愛しいその名を呼びながら銀時は駆け寄る。
服は乱され、肩や鼻から出ていた乾いた血が肌にこびりつき、その腹や足、秘部には精液らしきものが張り付いていた。そしてソファーから逃げられないように両手が縛り付けられている。
「なんで、こんな…」
意味が分からず、銀時は混乱しながらもデスクからはさみを取り出して、彼の自由を奪う縄を切ろうとしたその瞬間だった。
残り香とも言えば良いのだろうか。ふわりとしたものが彼から香る。
その匂いを銀時は知っていた。
忘れる筈もなかった。
高杉が好んで吸っていた、葉のにおいだ。
「まさか高杉が…?」
だが他に心当たりがあるかと問われれば、銀時には他の該当の人物が思い当たらない。
それにしたってこの状況は異常だ。
銀時の住む家で、その主人が居ない間にその恋人である土方が暴行されるなどと。
例えば高杉だとしても、何故土方を襲う必要がある?
そこで、脱がされた服の間に紛れていたメモが視界に入る。
『今夜、万事屋に来て』とメモには書いてあり、その文字に銀時は見覚えがあった。
忘れる筈もない。何故なら塾で見慣れた、高杉の文字であったからだ。
「土方君、起きて、土方君…!」
こんな決定的な証拠を残すなど高杉らしくない。という事は、『この事』を行ったのは自分だと知らせる為だ。高杉がどんなつもりでここへ土方を呼び出して犯したのかは分からない。が、彼がこんな目に合わされたのは自分のせいなのは目に見えている。
土方に旅行へ行く事を知らせなかったのを後悔しながら、銀時は気絶している彼を起こそうと声をかけ続けた。