「毎年毎年違う願い事なんざ、人間たァ贅沢な生きモンだねぇ」
俺の誕生日は7月8日。
ついでにその前の日は七夕。
誰が初めにやり始めたか知んねぇけど
短冊に願い事書いて、笹の葉に吊るして…。
それは毎年、真選組の行事に組み込まれていて
男ばっかりの屯所だというのに
気持ち悪ぃくらいの量の短冊が笹の葉に揺れてたりする。
毎度のように俺の誕生日と称して
飲み食いした後、願い事がぎっしり込められた
笹を片付ける事になっていた。
「土方さん、見てみなせェ。
『副長が優しくなりますように』だとか
『副長がDVやめてくれますように』だとか
『副長がマヨネーズを啜るのやめてくれますように。
食欲なくなるんで。ほんっと。やめて欲しいわぁ』
だとか色々隊士どもが願い事引っさげてるみてぇですぜィ」
「てめっ、ワザと俺への不満ばっかり挙げてるだろ!
つーか人の願い事勝手に見てんじゃねぇよ」
禁煙令が布かれてまだ間もないというのに
うちの馬鹿副長といえば
気にせずにスパーと煙草を吸っている。
・・・つーか副長とか認めてねぇけどねェ。
「総悟、仮にも今日はお前の誕生日だろ。
笹は俺が片付けておくから、お前も中に行ってろよ」
「なぁに言ってんですかィ。
今年は笹の後片つけんの、俺達の役目だろィ」
「…まぁ、そうだけどよ」
俺をこの場から去らせるのを失敗した土方さんは
チラリと俺の方を見た後に視線を逸らした。
多分、旦那に連絡を取りたいんだろう。
さっき懐に携帯電話を忍ばせているのを見てしまったから、
何となくそう思う。
いつもだったらこんな面倒な仕事、
土方さんに押し付けて近藤さん達の所へ戻るけど
この人が外界の奴と連絡を取ろうとするモンなら
みすみす一人きりになんてさせてやらない。
…ねぇ土方さん。
俺の誕生日ですよ。
今日くれぇ、旦那の事忘れたって良いじゃないですかィ。
「土方さんはそういや、今年は願い事何て書いたんでさァ」
「はぁ?俺の願い事なんざ、毎年一緒だぜ?」
紫煙を吐きながら土方さんは答える。
…毎年、同じ願い事?
「へーェ。
欲深い奴らが自分達の叶いもしない身勝手な願い事を
毎年代わる代わる紙切れに書きたくるイベントなのに
アンタは毎年願い事を変えてないってか」
「オイ、お前今すげぇ嫌な言い方したな」
「で、土方さんはどんな願い事にしたんで?」
真顔で訊いて見ると再びプイと目を逸らされる。
あ、教えない気だなコイツ。
「なんでィ。そんな人には言えない事書いたんですかィ。
マヨ風呂に入ってみたいとか
マヨ柄のパンツが欲しいとか」
「んなワケあるかァアアアア!!
…いや、そりゃあちょっとはそうしてみたいとか思った事はあるが」
そう言ってゴホンと咳払いをし、
土方さんは顔を赤らめてみせる。
マヨ風呂入ったり、マヨ柄のパンツ欲しいと思った事あるんですかィ、
気持ち悪っ!!!
「おい、お前今、心の中で気持ち悪いとか思っただろ」
「思うわけねぇでしょう。
それより、そしたら何て書いたんでさァ」
「総悟なんかに教えるかよバーカ」
「んだと土方バーカ。
もう良い。自力で探してやらァ」
なんかムカついたから、
意地でも土方さんの短冊を探し出す事にした。
とは言っても、大量の短冊の中から掻き分けるのは中々に困難を極める。
「ハッ、そんな沢山の中から俺のだけ見つけられるかよ」
「あ」
困難を極めるかと思いきや、
余裕ぶっこいている土方さんの隣で俺は直後に彼の短冊を発見した。
この字は土方さんの字に間違いなかった。
「『いつまでも刀は、鞘の傍に』…?」
「んな!?」
やっぱり土方さんのだったようで、
読み上げた途端に血相を変えて素っ頓狂な叫び声を上げる。
「てってめ!読むな!返せ!」
そして真っ赤になりながら
短冊を俺の手から取り返そうしてくるのをかわしながら訊いた。
「何、どういう意味でさァ、コレ」
「分かんなかったら分かんねぇで良いんだよッ
いいから返せ…おわ!?」
「あ」
エキサイトした土方さんが何もない筈の所で躓き、
思わず抱きとめようとしてそれに躊躇った俺は
そのまま重力に従って二人して地面に倒れこんだ。
そこで俺は、ふと思い出す。
土方さんの腰には呪われた妖刀。
そう。俺達は呪いのように近藤さんから離れない。
離れない。
命が終わる、解き放たれるその時まで俺達は
その身を持って近藤さんを護り続ける。
そう、俺達は刀。
乱暴で惨酷で、護るものの為ならその身が傷つく事も厭わない。
だから鞘が必要なんだ、俺達には。
傷だらけにならないようにしてくれる、鞘が―…。
「わ、悪ィ総悟。まさかこんな所で転ぶなんざ…」
「土方さん」
弁解しながら俺の上からどこうとする土方さんの体を
ぎゅうと抱きかかえる。
背中に回された俺の両腕に驚いたようで
土方さんの焦った声が降って来た。
「何だ、どうした」
「鞘は近藤さん?」
訊けば答えるかのように
唾を飲み込む音が土方さんから聞こえてくる。
なんという馬鹿正直。
そう思いながらも俺は喜びを感じていた。
ああ、そう。
旦那の事が好きでも、
アンタの居場所は此処だと自覚してるんだ。
「刀は、俺達?」
「…さぁな」
ぽつりと耳元で零れ落ちる答え。
それは肯定の意味と、同義だ。
ねぇ土方さん。
ねぇ、どうかそのままで居てよ。
近藤さんを護る刀で在る、ずっとアンタのままで居てよ。
どんなに旦那に惹かれようが
最期にアンタが帰って来る場所はここだって
お願いだからどうか忘れずにいてよ。
「つか、総悟。お前こそ何て書いたんだ」
短冊に書いた願い事がばれてしまった事で
土方さんは俺の上に倒れこんだまま
明らかに不機嫌になっている。
ねぇ、その無防備な唇にキスしてやろうか。
「えぇ?俺は毎年書いてませんぜ」
「はぁ!?」
ああ、でもやっぱり嫌だな。
旦那と間接キスなんざ。
…だったら。
「俺の願いを他人に叶えてもらうなんざ御免蒙るんでねェ」
ねぇお星様。
一日遅れだけど、誕生日なんだから多めに見て頂戴。
「卑怯だぞテメー!人の散々見といて…!」
「あはは、でも良いでしょう」
愛しいこの人の願いをどうか叶えて。
「だって今日は、俺の誕生日なんだから」
(そうしたらアンタの隣は永遠に俺と近藤さんのモノ)
「土方さぁん、そういや俺に『お誕生日おめでとう』は?」
「なんだお前、俺に言って欲しいのか」
「ええ、そりゃあ勿論でさァ」
(どっかの誰かの銀髪男のものじゃなくて)
「…誕生日おめでとう、総悟」
End.