変化はいらなかった。
近藤さんが居て、総悟が居て、山崎が居て、原田が居て。
そんな毎日が、俺には当たり前で変化は必要なくて。
でも俺の世界に突然侵入してきた奴が、一人。
『土方君だよね?コンニチハ、坂田銀時です』
革命は、一瞬だった。
世界中を敵に回したってこれだけは譲れない事実。
『世界中を敵に回しても』
「どういう、事だよ…?」
「と、とりあえず来て下さい、なんか皆も混乱しちゃってて」
銀時が失踪した――否、失踪したらしい、という状況しか土方は把握出来ずに居た。
が、山崎が言うにはどうやら中庭の掲示板に原因があるという。
昼休みになってすぐにそこへ向かったが、もうそこには大勢の生徒達の人だかり。
そこかしこから『やっぱり純粋な日本人じゃなかったんだー』と聞こえてきた。
土方は嫌な予感に、悪寒が走る。
「風紀委員だ、ちょっと通してくれ…」
「あっ、ねぇ土方君。総督が居なくなったって本当?」
「オイ、土方ァ。お前最近、総督と仲良かったよなーなんか聞いてねーの?」
なんとか群集の間を抜けて、掲示板に書かれている事を見に行こうとすると口々にそう問われる。
突然そんな事を言われてもこちらだって今しがたその事を聞いたばかりなのだ。
が、掲示板に掲げられていた内容に土方は目を見開く。
“坂田銀時は海外の売春婦の子供。
父親にあたる男性の家で獄潰し、母親を自殺に追い込んだくせに夜な夜な遊び歩く、最低な男”
スプレーで書かれたその文章の横には、銀時の部屋で見た母親らしき女性と幼い頃の彼の写真が貼られていた。
『でも罪悪感ねーし、これも血筋なのかな』
そう寂しそうに言った銀時を思い出す。
気にしていないとは言っても、きっと一番知られたくなかった事実だ。
誰だ、こんなの。誰がこんな酷い事を。
違う。それよりも坂田は、今――・・・。
呆然としていると携帯のカメラで撮影する音が聞こえ、ハッと土方は意識を現実に戻した。
「おい、誰だ今写真撮った奴は」
怒りを押し殺して言う。一瞬その場が静まり返るも、答えは返ってくる筈もない。
土方がイラついているのを察したのか山崎が抑えるように口を開いた。
「ふ、副長、落ち着いてください」
「・・・分かってる…!」
犯人は大体予想出来た。
あの写真を持ち出せる辺り、銀時の家に行った時押しかけてきたあの女だろう。
だが、今はそれどころではない。
これ以上騒ぎを広めない為にも事態の収拾を図らなければ。
「山崎、先生と生徒会の奴ら呼んで来い。ここは俺が仕切る」
「は、はい」
土方はとりあえず写真を剥がし、散れと命じるが生徒達はそう簡単に引き下がらない。
“本当なのかなー嫌がらせじゃん?”
“でも、これ見た途端に総督居なくなっちゃったんだろ?じゃあマジじゃね?”
“母親自殺ってどういう事?”
“どうかねー実は総督が殺したとか、はは”
勝手な事を、勝手に口走る声が絶え間なく聞こえてくる。
場を治めながら、銀時の気持ちを今になって土方はようやく理解した。
『嫌いなんだよなァ…俺の事なーんも知らねーくせによぉ』
彼はそう言った。
知ってたんだ。だから恐れてたんだ。
自分を知られる事。離れていく事。
お前はこうだ、って決め付けられてそれと違う時の哀しさを。
「…ッ、さっきからいい加減にしろよ、テメーら!!」
ガァン、と掲示板を叩いた音と土方の叫び。ざわついていたのが再び静かになり、視線が一気にこちらへ注がれる。
しかし土方は怯む事無く続けた。
「これが真実だったらどうだってんだ、お前らが見てきたアイツって何なんだよ!
総督、総督って持ち上げといてコレかよ、なんで誰もアイツの心配をしてやらないんだよ!?」
目の前の人間を責める言葉を自身にも向けていた。
彼の真実を知る自分は一体何を見てきて上げられたのだろう。
だから銀時が居ない今、彼を庇う事しか土方には出来ない。
「でもよー心配もなにも、身に覚えがあったから総督いなくなったんじゃねーの?」
そんな時、群集のどこからかそんな言葉が聞こえ、またもやザワッと辺りが騒ぎ出す。
“そしたら自業自得じゃんなー”
“恥ずかしくねー事なら堂々としてりゃあいい事だし”
“最近はそーでもなかったけど、前はもっとヤバそーな感じだったもんねぇ”
土方は耳を疑った。
本気で皆そう言っているのかと。
突然自分の隠していたものを暴かれて、それで逃げ出したくならない人間がどこに居る。
「なんなんだ…!皆、それが本音かよ、あれだけアイツに頼っといて」
叫びたい。アイツがどんな想いで、どんな気持ちで生きてきたと思ってる。
『学校にはお前を待ってる奴らが居る事、忘れんなよ』
ごめん、坂田。俺が言った事、嘘だった――…
「で、も総督は…坂田先輩は、僕を助けてくれました…!」
弱々しく、しかし搾り出すような声が、絶望へ向かわせていた土方の顔を上げさせる。
その声の主は、他校の生徒から銀時が助け出した後輩だった。
「そこの掲示板に書いてある事が本当でも、いじめられてた僕を救ってくれたのは坂田先輩です。
あの怪我だって、階段から転げ落ちたって言うのは嘘なんです。僕を庇って怪我したんです。
学園祭開催に響かないように…庇ってくれたんです…!」
彼の発言に、一斉にどよめきが走る。しかし構わずに後輩は続けた。
「だ、から先輩は皆が言うような人じゃ…!」
「そうでさァ。変な奴らに囲まれてた俺の事もあの人、助けてくれましたしねィ」
後輩に加勢するように現れたのは総悟だ。
『どうして』、というように驚愕しつつも土方が視線を向けると『総督には助けられた借りがあるんで』と小声で彼は付け足す。
「先輩の言う通りです!あの人ちゃらんぽらんだけど、なんだかんだで頑張っちゃうお人好しなんです!」
「そうアル!学祭と修学旅行、大変なのに両方平行させてスケジュール組んでたのヨ、銀ちゃんは!皆の為に!」
山崎が呼んだ生徒会メンバーが到着したのか、一年の新八と神楽が激昂した。
すると、事態が収拾されてきたのか場の雰囲気が良くなり始める。
その様子を眺めながら、土方はなんだか魂が抜けたような感覚に陥った。
独りじゃない。
…一人じゃ、なかったんだ…
「土方君」
呼ばれて振り向くと、猿飛と桂がいた。何だ、と言う前に土方は彼女に手を引っ張られる。
「さ、猿飛、なに」
「この混乱は桂君達に任せて、私達は行きましょう」
「行くって、まさか坂田を探しにか?でもこの後授業が」
「・・・授業と銀さん、どっちが大事?」
猿飛の眼鏡の奥の瞳が、土方を試すように射る。
授業か、銀時か。
そんなもの、答えなんてあってないようなものだ。
「土方さん…!」
裏門からこっそり抜け出そうとする土方と猿飛に気付いたのか、総悟が駆け寄ってくる。
『総督の所になんて行かないでくだせェ』
彼はそう言うのだろうか。土方は黙って、総悟の言葉の続きを待つ。
「俺、あいつ等となんとか混乱収めとくんで、ちゃんと連れて帰ってきてくだせェよ」
だが総悟はやけに清々しくそう言った。
そんな彼に、少しだけ微笑みを見せて土方は答える。
「ああ、ちゃんと帰ってくるよ。絶対に」
名前も知らなかった君。
一年から一緒の校舎に居たのに声も記憶にないし、多分、廊下ですれ違う程度だった君。
過去も知らないし、何を見てきたか、何を考えて生きてきたかも知らない。
君が護ってきたものを俺は知らない。
でもね、それなのに愛しくて、愛しくなって、気付けば好きになってた。
もう嘘じゃないよ。
叶わなくても、ご主人様の気持ちは変わらないんだ。土方君。
『世界中を敵に回しても』
「とりあえず、銀さんが行きそうな所から探すしかないわね」
「な、なぁ猿飛。こっから一番近ェ海って何処だ?」
学園から抜け出した二人は銀時の捜索を開始する。
携帯電話をパカッと開いた彼女に、銀時が行きそうな場所に心当たりがある土方はそう訊いた。
『あの水平線を、土方君に見せたい』
彼は土方にそう言った。
母親の事について暴かれた今、彼女との思い出の場所に行ったのではないかと土方はふんだのだ。
「銀魂海岸じゃないかしら。どうして?」
「…アイツがそこに行く気がするんだ。俺はそっちに行くからお前は別の心当たりを…」
「私も一緒に行くわ。抜け駆けは許さない」
効率の良さより、先に銀時に会いたい気持ちを優先させる所はさすがだ。
制服の男女二人でタクシーに乗るのは目立つため、二人は電車で海まで向かう事にした。
「そういえば沖田君と貴方の以心伝心ぶりは凄いのね。何も言ってないのに銀さんを探しに行くって分かったなんて」
時間が時間なせいか、車内は妙に空いていた。そのせいか分からないが猿飛は少し土方と距離を置いて座る。
「いや、あの状況だと探しに行こうとしてるしかねぇっつうか」
「…きっと銀さんは憧れてるんじゃないかしら。腐れ縁とか、そういうのに」
言いながら彼女は睫毛を伏せる。そこで猿飛も銀時に出会うまで一人だったという事を思い出した。
こんな平然としているが、自分を救ってくれた彼が居なくなった事に内心気が気ではないだろう。
「見えなくても、繋がってる何かに…」
「・・・。
猿飛。上手く言えねーけど、坂田はきっと大丈…」
「それにしても、あんな事書いたのはどこのどいつなのかしら。
銀さんを無事に見つけたら、犯人を探し出してピーをピーしてピーにしてやるわ。ね、土方君」
「そ、そうだな…。
(なんでこの女、坂田以外にはSなんだ)」
密かに銀時の携帯に電話をかけたが、電源が入ってないのかかけられない。
海へ近づいていくのに、土方は不安がつのっていく。
もし、予想通りにあの海に彼が居なかったら?もしこの間にも、ありえないけれど。
あまりのショックに死のう、だとか考えていたら?
…間に合わなかったら?
「安心しなさいよ。銀さんは絶対、死を選ぶ人じゃないわ」
先程は励ますつもりだったのに、逆に気持ちを察されてそんな言葉をかけられてしまった。
だが、彼女のその言葉は気休めになんて思えず、真実のような気がするのだ。
猿飛は銀時を総督、ではなく銀さん、と呼ぶから。
「さて、手始めに砂浜沿いに探してみましょうか」
駅に着いた二人は潮風に吹かれながら、改札を出る。
懐かしいようなにおいに鼻腔をつかれて、銀時が土方に海を見せたいという気持ちをなんとなく理解出来た。
ここに居てくれ。
土方は心の中で強く願った。
お前ばっかり気持ち押し付けて…俺にだって少しは言わせろよ…!
「多分、銀髪だから目立つ…あ、いたわ」
「え、早すぎるだろ…ってホントに居るし!」
無事を祈ったのも束の間、猿飛の言う通り彼は制服のまま砂浜に座って海を眺めていた。
あの後ろ姿と銀髪はまさしく銀時のものだ。
土方が安心したような拍子抜けしたような気持ちでいると、猿飛に背中を押される。
「さ、行ってきて。私はここで待ってるわ」
「え・・・?何言ってるんだ、お前も一緒に」
「無理よ。だって銀さんは私にとって生きる理由だから」
彼女の言う事はいつも理解不能。それはもう随分前から知っていた事のようで。
「生きる理由だから、一緒に取り戻しにいくんじゃないのか?」
「いいえ。私、前に土方君に言ったわ。私の世界には、私と銀さんしか居ない」
だが、まだそこまで月日は流れていない事に気付かされる。…それは銀時との日々があまりにも色々な事があったから。
「でも銀さんが待ってるのは、私じゃ、ないから」
猿飛はそう言って、『早く行きなさいよ』と続けてくる。
銀時同様、彼女も頑なだ。仕方なく土方は一人で銀時を迎えに行こうとしてギョッとする。
なんと、今まで砂浜に座っていた彼が、突然海にバシャバシャと入り始めたのだ。
「アイツ、何して…!オイ、坂田!」
走り出しながら名前を呼ぶも、聞こえないのかこちらを振り向かない。
まさか。
失くした筈の嫌な予感がまたもふいに込み上げる。
まさか。まさか。
死ぬ気じゃ
「…銀時ィ!!」
自分の制服が濡れるのも構わずに土方は、海水に浸かる銀時の体にしがみついて叫ぶ。
「ふざけんなテメー、早まってんじゃねぇよ!!」
「え…?土方君、なんでここに」
「なんなんだ、勝手に言いたい事言って、勝手に置いてくんじゃねぇ…!!」
突然、思いも寄らない人物に抱きつかれ、きょと、と目を瞠る銀時。
その間抜け顔を土方はキッと睨みつけてやった。
「そりゃあ確かに母親の事書かれて辛かっただろうけど、でも」
じい、と見つめてくる相手に吠え掛かったものの、あんなに色々考えていた言葉は一瞬にして霧散した。
一緒に戻ろう、人生辛い事ばっかりじゃねぇよ。
そうやって用意していた言葉は、なんだか全てがありきたりで説得力がないモノのような気がしてならない。
だって俺の答えは、お前じゃないのに。
「土方君。別に俺、入水自殺しよーとかそんなん考えてねぇよ?」
「…え?」
「ホントに俺、母親の事なんてどーも思ってねーんだ。
あんな事書かれて、中傷されても辛くも、哀しくもない。
ただあの場に居たら、メンどくせー事になりそうだったからサボッただけ」
海に入ったのは、なんか浮いてたのが気になったから確かめに行っただけだし。と彼は付け足す。
それを聞いた途端、土方は気負いしていたものが全てなくなったような気がした。
その言葉が強がりでない事を、なんとなく感じたからだ。
「なーに、もしかして俺の事心配して探しに来てくれた?」
「ちっ、違ぇよバーカ!そんなワケ…」
ぼろっ
目尻から何かが零れ落ちるのが土方は分かった。
止めたいのに、留めなくそれは溢れ出てくる。
「それにしてもよくここが分かったね…って何泣いてんの」
「泣いてない…!」
「なんで泣くの」
銀時の掌が土方の頬に触れ、親指が涙を拭う。
目の前にいる彼の存在が真実だという事に、土方は余計に涙が込み上げた。
『もうお前の前では、俺は丸裸も同然よ?』
銀時はそう言った。だがそれは土方とて、同じ事だ。
偽る事は出来ない。受け止めてくれると信じているから。
「ぎんと、き」
ああ、この世で初めて言葉を生み出した人間は、なんて言葉で相手に愛を伝えたんだろう。
「すきだ」
波が足元を濡らしていく。
「好きで、好きで堪らない。息が詰まりそうなくらい。でも」
銀時の深紅の瞳が見開かれるのを、土方は見た。
「一緒には、なれない…」
どうして?相手はそう訊いてくるだろう。
そう言われる前に続けた。
「俺、護ってやりたい奴が、居て」
声が震えた。心の事を言葉にする事が、こんなに大変な事なのだと初めて気付いた。
「ソイツの、側にいてやりたいんだ。
…最後まで護りきる覚悟がねーんなら、ってお前、修学旅行の時に言ってたよな?
あの言葉で、自覚したんだ。俺…」
「あーストップストップ」
言いかけたのを、銀時に口を塞がれて遮られた。
「えっと、なんかごめんね。銀さんのせーで色々悩ませちゃったみたいで」
いつものような不敵な笑みではなく、困ったように微笑まれてふるふると土方は首を横に振る。
「ちが、う。確かに悩んだけど、そういう、迷惑だとかそんなんじゃなくて」
「分かってるよ。土方君が嘘をつけない性格だって知ってるし
同情で、相手に好き、だなんて言えない性格だって言うのも、知ってる」
水面に反射した、傾きかけた夕陽が笑んだ銀時を照らす。
その姿があまりにも綺麗で、土方は余計に涙が込み上げた。
「俺は、大切な何かを護ってるお前に惚れたんだもん。
だからいい。泣かなくて、いいよ」
銀時が、ここに居る。
不安定で、いつか消えてしまいそうな彼が、ここに居る。
居なくなって、死を覚悟したんじゃないかと思っていた彼が、ここに。
己の世界を護る事に必死だった自分を好いてくれた、銀時が。
「・・・あの、ちょっと!だからなんで泣くの!?
ふられた銀さんがピンピンしてて励ましてるってどういう事!?」
「だ、だって、お前、突然、居なくなるし…!
居なくなっちまうのかと、思った…!」
拭っても拭っても、溢れ出てくる涙。
銀時がこの世界から居なくなるかも知れない、という事にまさかここまで自分が怯えていたとは思わなかった。
「ば、バーカ、俺が、死ぬワケ、ない…」
嗚咽混じりな銀時の声に、ハッとして土方は相手の顔を見つめる。
すると彼の目尻からは涙が一滴零れ落ちた。
「あークソ、潮風が、目に染みるぞコノヤロー…」
「さか、た」
「…ありがと、土方君」
鼻をすすりながら名前を呼ぶと、銀時は泣きながら笑って言った。
「・・・ありがと。
俺、ここで今、一人じゃなくて良かった」
そう言って顔を俯かせる。
土方はどう答えたら良いか分からずに返答に困っていると、相手が言葉を紡いだ。
「・・・今まで沢山、傷つけて悪かった。ご主人様と、性奴隷の誓いをここに、破棄します。
よって今から俺とお前はまた他人同士」
他人、そう言われて傷ついている自分に土方は嫌気がさした。
自分から好きだけど一緒にはいられない、と言ったくせにこれからも彼との繋がりを持っていたい、と思っているのを自覚させられたからだ。
関係を築くのは大変なのに、壊すのはこうも簡単――…
「でもこれからも、一人の坂田銀時って人間として、よろしくね」
俺は、坂田銀時が嫌いだった。
皆に好かれてるくせに境界線を引いて、自分の世界に誰も入れないから。
でもそれは多分、無意識に俺の嫌な部分と重ねてたんだ。
俺も侵入を拒んでたから。
護る事に精一杯で、それ以上踏み入れる事を拒んでたから。
「…よろしくされなくたって」
それに気付かせてくれたのは、坂田。
傷つくくらい抉じ開けて、それでいて救ってくれた坂田。
「オメーを嫌なくらい、初めから一人の人間として意識してたよ…」
自分の幸せを見つけて良いんだ、って言ってくれた坂田。
「さーて、と。そろそろ戻るか。さっちゃん、あそこで待たせてるみてーだし」
あの時屋上で鉢合わさなければ、そんなお前に触れる事さえなかったんだよな。
「…そういえば、なんで俺がここに居るって分かったの?」
二人とも涙でグズグズ、おまけに海に入ったから足元はびしょ濡れだったが、気持ちも落ち着いて制服も乾いてきたので、砂浜を後にしようとする。そこで銀時に土方はそう問われた。
「いや、なんとなく…母親との唯一の思い出が海、とか言ってただろ?…だから」
「へーすげぇ。よく覚えてたね、そんなん」
はは、と乾いた笑い方をする。恐らく、土方の言った通りなのだろう。
「坂田!」
そのまま駅へと向かう彼の背中に土方は叫んだ。
「俺は、忘れねーよ」
くれた言葉も、見せた仕草も、触れた温度も。
「お前が俺に見せたかったこの海、忘れない」
好きになってくれた気持ちも、この夕陽も、忘れない
「そ。ありがと」
すると彼は微笑んで、『戻ろう』と土方に手を差し伸べる。
出会った頃には決して見せなかった柔らかい表情。
それも決して忘れないと、心の中で誓った。
『世界中を敵に回しても』
彼は革命をくれた人。
俺が触れて欲しくないものに触れ、それでいて欲しい言葉をくれた人。
世界を知ったかぶった言い方をする奴は嫌いで、俺をこうだ、と決め付ける奴は嫌いで。
そういうのを、全部飛び越えてくれた人。
俺を置いていった母親。
俺を見放していく女達。
俺にそっけなくされたからって、腹いせに中傷文を書く父親の愛人。
世界はそうやって生きて、そうやって死んでいくものだと思っていた事に革命を、くれた人。
「総督!」
「総督が帰ってきたよ!」
学校に戻ると、生徒会メンバーしかいないと思いきや学園の殆どの連中がいて驚いた。
新設校で2学年分の人間しか居ないとはいっても、それなりに生徒数が居る。
そいつらが、俺の帰りを待ってくれていたのだ。
どうして、と初めは半信半疑だったけれど、さっちゃんから土方君が率先して俺を庇ってくれたおかげだ、というのを教えて貰った。
誰もが俺に疑念を抱いていた中、彼だけが声を張り上げ、俺の心配をしてくれたのだと。
(後に、助けた後輩や沖田君も加勢してくれたらしいが)
「土方さん!」
そんな土方君は、嬉しそうに寄って来た沖田君と話をしていた。
多分、彼が護り、傍に居たいと願うのは沖田君の事なのだろう。
少し胸が痛んだけど、でも前のように変な嫉妬は湧かない。
確かに、好きな人と幸せになりたい、と思うけれど、もう一人は嫌だって思うけど。
でも
でもね。
「銀ちゃん!銀ちゃん、大丈夫アルか!?」
「心配したんですよ、銀さん…!」
「銀時、平気か?先生達には上手く言っておいたからな」
俺にも大切な場所や、大切な人達が居るって事、気付かせてくれた土方君だから。
君はそんな当たり前の事、気付かせてくれた人だから。
どうか幸せになってください。
君の幸せがどんなものだか、俺には検討もつかないけれど
(だって、『俺が幸せにしてあげるから、傍に居て!』って泣きつくような性格じゃないしさ、銀さん)
世界中を敵に回したってその願いは変わらない。
例えば、君や自分すら敵に回したって構わない覚悟だよ。
「…さて、ファーストキスの代償、払って貰おうかなぁ…」
(悪いけど、とっても諦めが悪いオスなのさ)
EnD.
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