もし俺が死んだら命日じゃなくて、俺と出逢った日を覚えててね
トシと初めて体を重ねて繋がった夜。俺はそう彼に願い、頼んだ。
『猟奇的な彼氏』
「近藤さん、お妙の事になると途端に理性を失うからな」
銀八と新八に口々に言われ、土方が困ったような表情を浮かべる。そんな彼を見てまたもや胸が高鳴るのを感じ、銀八はやはり最近の自分は尋常ではないと思った。気持ち悪い程彼の一つ一つの仕草が愛しい。
「じゃ、トシ。ちゃんと宿題しろよー」
「…テメーもな」
夕食を終えて風呂に入りそれぞれの部屋へと分かれる。本当はもっとイチャつきたいのが銀八の本音だが家でそんな事をするはご法度だし、第一土方が嫌がるだろう。
「揃いのモン、欲しいなー」
自室のデスクの前で銀八は一人呟く。ペアリングが一番理想的だが、はめた時点で周りの視線が痛いのは決まっている。むしろ内緒の付き合いだというのに、揃いのアクセサリーを彼がつけてくれるのかすら危うい。
「前途多難…」
言いながらうつ伏せた。大体この状況が変だ。恋焦がれてしまった人間が男で生徒な事だけで特殊だというのに、更に一つ屋根の下で住んでいるのだ。
可笑しくならない方が可笑しい。ああ、甘いモンが食べたいと銀八の思考は別の方向へ。
チラリと顔を上げれば、幼い頃の自分と両親の写真が飾ってある。
両親は事故にあってあっけなく他界。沢山の借金が遺され家は売り飛ばされた。
住む場所を失ったものの銀八が勤め、土方が通う男子校の理事長であり、昔から銀八の両親と親しかったお登勢が彼をこの土方家に住まわせてくれたのだ。
「…生徒を好きになっちまったけど、アンタなら…松陽先生なら許してくれるよな?」
写真の中で笑む自分達に銀八は問いかける。借金を遺して突然死んだ両親を恨んだことは一度もない。むしろ今でも尊敬している。
教師になろうと決めたのは、父である松陽のおかげなのだ。
*
「先生、今日もイイ声で鳴いてくれましたねィ」
そう言ったのは沖田総悟。返事はせずに黙々と乱された服を銀八は着込む。
彼に迫られ、ヤってからズルズルと関係が続いているが何故総悟が迫ってくるのかを銀八は知っていた。
恐らく煙草を吸い、背格好が『彼』と似ているという理由からだ。
「…沖田君、昨日と一昨日、土方君に俺達が化学準備室から出てくる所、見られてたらしいよ」
「土方さんに?マジでか」
総悟は言いながら、微塵も焦りや動揺を見せない。わざとか、と銀八はなんとなく直感で思う。彼は土方にちょっかいを出す事で気を惹かせる事しか出来ない故に。
そんなガラスハートを持つドS王子と名高い総悟に土方と自分が恋人同士、なんていうのがバレたらと思うと、なんとなく背中に冷や汗が伝うのを銀八は感じた。
「先生ェ?」
「なんですか」
「…も、俺教室に戻りやすんで」
土方の名前を出した途端、一刻も彼の居る場所に戻りたいようでそんな事を言ってくる。イソイソと化学準備室から出て行くそんな総悟の背中に銀八は声をかけた。
「沖田君、次の授業寝ちゃダメだよ。…セックスして疲れました、なんて理由になんねーから」
「…あいよ」
パタンと扉が閉じられるのを確認し、ふぅぅと溜め息をついた。一服したい所だがさすがに教室はまずい。痛む腰を銀八は抑えながら『俺だってトシを抱きたいよ』と呟くも実は今夜は千載一遇のチャンスが待っている。それに期待していた。
*
「あ、おかえり先生」
「たでーまー」
仕事を終えて帰り、自室へ行こうとする廊下の途中、ヒョコッと土方が部屋から顔を出してくる。今日は新八は寺門通のライブ、双子の姉の妙はバイト、お登勢は付き合いの飲み会で三人共帰りが遅い。だから今は家には銀八と土方の二人しかいない。
「トシ、夕飯どーした?」
「適当にコンビニで買ってきて食ったよ。先生はどーするんだ?なんか作ろうか?」
「えーあーうん」
曖昧な返事をしながら、銀八の頭の中は下ネタでいっぱいだった。
生徒と同じ家に住んでて、しかも今夜は家族の帰りが遅くて二人っきりってそれ何処のエロゲ設定ですかぁああ!!!
この状況は交尾(?)しろと言ってるものではないのかね、土方君!
「…?オイ?先生?」
イヤ、でも待てよ。
よく考えたら、トシはやっとこの間手を繋ぐのを許してくれたばかりだ銀八。きっと抱き締めるのだって命がけだ銀八。
その状態で「ヘイトシ!今から今夜、俺とシャルウィーファック?」とか訊けるか?訊けるワケねーだろコノヤロー!ダンス誘うのと次元が違うんだよ!
「…じゃ、ラーメンとか作ってくれる?土方君」
「ん、良いけど」
言った土方の強い瞳が、少しだけ柔らかくなる。銀八は胸を打たれたのは言うまでもない。
「ネギとチャーシューしか冷蔵庫になくて…なんか有り合わせで悪ぃ」
「ゆで卵も入ってるから十分だよ。むしろトシが作ってくれただけで、嬉しい」
「…馬鹿、恥ずかしい事言うなよ」
そう言ってエプロンを脱ぎ、そそくさとリビングのソファーに座って土方はテレビを見始める。あの態度は確実に照れ隠しだ。なんだか新婚さんのようなシチュエーションに思わずムラッと来るが無防備すぎる恋人の後ろ姿に、大人しくラーメンを食べる事にした。
「あ、ねぇトシ。風呂沸いてる?」
土方が作ったラーメンを味わって食べ終わり、どんぶりを洗いながら銀八は訊く。
「勿論。ちゃんと準備済みだよ」
「マジでか。トシ、良いお嫁さんになってくれそう!」
「だーれが嫁だ、誰が!」
いつも新八がやってる事だろ、と土方は怒る。だがそれにお構いナシに銀八は鼻歌混じりに食器を洗い続けた。
「そういや、トシは入ったの?」
「…まだ」
「ふーん、じゃあ一緒に入る?」
銀八は冗談のつもりだった。どうせ彼の事だから『入るかよ、このクソ色ボケ天パ教師!』と叱咤の返事がくるに違いない…
筈だった。
「…別に良いけど」
「あーだよねぇ…」
そうだよな。まだ手繋ぐので精一杯だもんな。
なのにそんなお風呂一緒に入るとか背中とか胸とか脚とか股間とか隅々まで洗いあっちゃうなんて、ステップ抜かして一気にホップ、ジャンプなんてそんな事がありえる…ワケ…あれ?
「あれええええ!!!?」
「!?
ンだようるせーな」
「だって、嘘、えぇえええええ!!」
混乱極まる銀八は叫びまくる。そんな彼を驚いた表情で土方は見つめてくるが、驚いてるのはこっちだ!というように問いかけた。
「ちょ、トシ分かってる?お風呂だよ?バスだよ?言ってる意味分かってんのかコノヤロー」
「あぁ?上等だコラ。先生から誘っといてそういう態度か」
もういい、とプイとそっぽを向かれてしまう。そんな彼に背後から銀八は圧し掛かるように抱きついた。すると瞳孔開き気味の土方の瞳孔が更に開く。
「せ、せ、先生、何してんだよ…!?」
「トシ、謝るから一緒にお風呂入ろう」