「さようなら」


たまはそう言った。
流山の娘の魂が本当にあのカラクリに宿ったなんて
俺には思えない。

だって、人は壊れたらもう二度と戻らない。
どんなに泣いても、どんなに縋っても
抱き締めても、もう二度と笑ってくれない。


「さようなら、お父さん」


俺はそれを知ってる。
痛いくらい知ってるんだ。
だからもう二度と背負いたくないと思ったのに

感情なんか死んでしまったと思ったのに

いつの間にか背負い込んで
大事な奴らが出来て
大事な人が出来て


だから、たまが涙を流しながら
それでも流山に別れを告げたのを
何処かで小さな自分が
震えながら見ている事に気付いた。


俺は、言えるだろうか。
本当にぶった斬る事なんで出来るんだろうか。

俺の大切な場所を壊そうとする彼を――
高杉を斬り捨ててまで、
大切なあいつ等を護れるんだろうか。


…ねぇ。

ねぇ土方君。
土方君ならどうするの?
大切な何かを護る為なら君は、
かつて横で肩を並べた人を斬れる?



「銀さん、しっかりしてください!
 源外さん、どうしよう銀さんが…!」


流山の攻撃を受けて二箇所も貫通した怪我があるせいか
妙に体から力が抜けていって
ターミナルの地下から脱出した直後
立っていられなくてその場で俺は倒れた。

地上であれだけ大量に騒いでいたメイドのカラクリ達は
力を失って転がり落ちていた。
なんだか流山の夢の跡が
攘夷戦争の時を彷彿とさせる。

重なる骸。
亡骸を抱いて泣く仲間。
いつ終わるかもわからない終わりの刻。


「銀さん、もう少し待ってくださいね。
 神楽ちゃん達が助けを呼びに行ってくれてますから…!」


でも、まるで過去ではなく現在にちゃんと居るんだ、
と主張してくれるかのような新八の凛とした声。

ああ、本当にさ。
紅桜装備した似蔵と戦った時もだけど
恐がらせてごめんな。
心配させて、ごめんな。

大丈夫。
俺は大丈夫だから。

だから。


「万事屋…っ」


だからどうかお願い。
そんな泣きそうな顔、しないで頂戴。

俺が護るから


ああ、そうか、
きっと流山の娘―芙蓉、と言ったか。
彼女もそういう気持ちを伝えたかったのかも知れない。

確かに病弱で辛かったかも知れないけれど
それでも傍に父親や作ってくれたカラクリが居たから
幸せだった。
だから心配しなくても、もう大丈夫だと。

だからもう、その為に誰かを傷つけないで欲しいと。

もう、過去は二度と元には戻らない事を
知っているから。

だから、さようなら。


『俺の中でも未だ黒い獣がのたうち回ってるもんでなァ』


なぁ、高杉。

お前だって本当はもう…分かってんだろ…?




「・・・う」


ひどい吐き気がして俺は目を覚ます。
ぼやけた視界の向こうには
見慣れた寝室の天井。

首を動かすのも億劫で耳だけを澄ます。
騒がしい定春の足音も
神楽の鼻歌も聞こえない。

痛いくらいの静寂に鼓膜が痛い。


「新八達…外かな」


俺を万事屋に運んで…恐らく
この事態の収拾にあたるのを手伝いに行ったのだろう。
傷ついた箇所に包帯が巻かれているのを感じる。



また無茶しやがって。
なーんて、土方君に怒られるかな。
ああ、どうしよう。
なんだか無性に彼に会いたい。

気を失う寸前に
俺を呼んで駆け寄る彼の姿を見た気がしたけれど
でもきっとそんな事は無い。
だって真選組の彼は、それこそ引っ張りだこだろうし。

それに何より、こんな弱ってる時に会いたくない。

でも、なんでだろう。
すごく会いたい。

会いたいよ。


「土方君に会いたい」

「…やっと目が覚めたか、コラ」


驚いて俺は目を見開き、そのまま声の方に視線を向ける。
すると襖を開け放した先に位置する居間に
彼が、居た。

ソファに座って不機嫌そうに俺を見てる。

信じられなくて、涙が出そうになった。


なんで。


なんでお前がここに居るの。


「土方君、なんで…痛っ」

「あ、馬鹿、動くな」


思わず上半身を動かそうとすると
傷口が痛んでそれどころじゃなくなる。
馬鹿、と言いつつも立ち上がって彼は
俺の所へ向かってきた。

なんで。
なんで。


「土方君、なんで…」

「テメーン所のガキに世話頼まれたんだよ。
 真選組だって今回の騒ぎで忙しいっていうのに」


言いながら傍らに膝をついた彼は
俺の額から濡れタオルを取り去って掌を当ててくる。
そこで初めて俺は、タオルが乗せられていた事に気付いた。

ふわりと額に乗せられた彼の手に
変な安心感が湧いてくる。


「どうやら引いたみてぇだな…。
 熱出てたんだぞ、お前」

「うそ。銀さん最強だから、そんなん出ない」

「ったく、そんな怪我しても口数は減らねぇんだな、オイ」


ちゃぷ、と置いてあった
水の張ってある洗面器に彼はタオルを浸して
きゅっと絞り上げ、再び俺の額に乗せた。


「…何したんだよ。
 お前がこんな大怪我って」


口調が、少し怒りを含んでる。
俺を叱ってくれる人は中々居ないから、
(だって周りはボケてる奴らばっかりなんだもん。
まぁツッコミは新八君担当ですけど)
それだけでもなんだか嬉しくて。

ねぇ、こんな気持ちは馬鹿みたい?


「なぁに、心配してくれてんの?」

「してねーよ、バーカ!
 ただなぁ、てめぇがそんなんだと…調子が、狂う」


俺の気持ちの不安定さを
この短時間で悟ってくれたのか
彼はそんな事を言ってくる。

…ねぇ、会いたいって願ってよかったよ。


「土方、君」



忘れたくないのに、忘れたい。
忘れたいのに、忘れたくない。
そんな事が多すぎるよ、人間には。

だから辛い事も誤魔化して生きていくのは必要で。
俺は誤魔化して生きていける術を身につけて。

それを高杉や流山は出来なかったんだと思う。
過去を忘れられなくて、忘れたくなくて
その場所を守る為に、なんでもするのだろう。

きっと、土方君も。

護るものの為なら何でも出来る。
そして斬ったものの痛みも、背負っていく。

そうやって、逃げられなくなっていくんだね。


「手、」


不器用としか、思えない。
そんなんじゃ世の中生きていけないし。
そう思うのにとても愛しいのは


「て、にぎってほしい」


君がとても哀しいくらい、愛しいから。


何も言わずに彼は
包帯を巻かれた俺の手を握り
そして己の頬へと導く。

存外、彼も不器用な人間のようだ。
触りたいなら、そう言えば良いのに。

そんな俺も器用で素直じゃないけどね?



「土方君」


忘れなければ、魂は生き続ける。
馬鹿な野郎の馬鹿な魂は、ずっと。

そんな事はきっと気休めだけど
それでも、それだけは信じてたいんだ。

例えば、俺が土方君を大好きな気持ちは


「大好き」


彼の中で生き続けてくれるって事だから。



馬鹿。
彼はそう呟いた後に、
俺の手をそっと両手で包んでくれた。

ああ、もう少しだけこの温かい場所で


生きててもいいかな?


EnD.

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