俺が失ったものを、君は持っているとしたら。
「潮風がきもちいねー。いいねー」
そこには、一体何があるのだろう。
その向こう側には。
「ね、多串君。海行かない?」
初めに会ったのは定食屋。
その後は映画。
そして最後にサウナで対決。
もう陽が傾き始め、
折角の休暇がくだらねぇバトルに費やされ、溜め息をつきたくなる所へ万事屋の野郎がそんな事を言ってくる。
コイツ、人の一日を殆ど潰しやがったくせによくその口で平気でンな事言えるな。
「やだ」
「えー何でよ。銀さん、海行きたいんだもん。」
煙草に火をつけようとした手が思わず滑りそうになる。
オイオイ、いい年こいて何が"だもん"だコラ。
調子乗ってんじゃねぇぞ。
…っつっても、俺コイツの年なんて知らねェや。
こんなに沢山顔合わして、喧嘩してるっていうのに。
まァ別に興味ないけどよ。
「海なんざ、てめェん所のガキ達と行けばいいだろ」
「だって、シスコン新八君は姉上の所行ってるし神楽は陽の光をそんなに浴びれないからつまんないだろうし」
いや、わざわざ今日じゃなくても良いだろうと突っ込みを入れようとするのを遮られ、
『ねー行こうぜー』と手を掴まれるから
『触んなや!』と急いで手を振りほどく。
だが、よくよく考えて。
今屯所に帰っても総悟の
"土方さん、ヤりましょうぜィ"攻撃が待ち構えている筈だ。
海なんて久方ぶりに行ける機会だし、
万事屋もこういう時は微妙にしつこいから
仕方なく(本当に仕方なく、だ)
一緒に海に行ってやる事にした。
が。
「よくねーよ」
潮のにおいがする風で銀髪揺らせながら万事屋が爽やかに言う。
だが、俺としては折角健康ランドでひとっ風呂浴びたというのに
この潮風で全てを台無し感にに苛まれて不快この上なかった。
「んだよ、トシってばつれなーい」
「トシ言うなよ!つーかキモい喋り方すんな!!」
ヒャハハとからかうように笑うと
万事屋はブーツを脱いでパシャパシャと波打ち際で遊び始めた。
もう夕陽が水平線へと沈もうとしている刻で、橙色の光を浴びながら水面がキラキラと舞う。
「つーか、なんで突然海なんだよ?」
波を蹴り、飛沫を煌めかせるアイツに俺は近づいた。
すると動きを止めて俺の方を見、
見たこともないような微笑み方で笑んでくる。
普段は銀に近い灰色がかった万事屋の瞳が
今は夕陽を浴びて夕焼け色に似ているから
その銀髪とのコントラストに一瞬、ドキリとさせられて。
「・・・むこうがわ」
「は?」
ポツリと呟く意味不明な言葉に
思わず俺は聞き返す。
「地平線の向こう側には何もなかったから。
海の向こう側には何か、あるのかなって
土方君は、なんか懐かしさを感じるから…
一緒に海に来れば何があるのか見つかるかなって
思って」
「なに、って」
相変わらず、万事屋の言う事は理解不能。
俺に懐かしさ、だとか何言ってんだコイツ。
と、思考を廻らせている所に
いきなり手を引っ張られてバランスを崩して
俺は派手に海へと倒れこんだ。
「何すんだテメェ!濡れちまったじゃねぇかよ!」
「…ねェ、土方君は興味ない?」
髪も顔も着流しもすべてビショ濡れになって俺は怒るが、
そんなのには怖じずに万事屋が俺に覆いかぶさってくる。
「世界の向こう側に何があるのか、知りたくない?」
視線が合ったその目は、俺が知らない目をしていた。
いつもの死んだ魚のような目ではなく、鋭い刀の切っ先の、あの光が。
「俺は知りたいけどね。例えば」
首にツツッと指が這い、
ビクリと身体が反応する。
「土方君の奥とか知りたいな。
そうしたら、何が懐かしさを感じるのか分かるかも」
「お、く…?」
何故か震えてしまう声で問うと
ニン、と微笑まれる。
「うそ。
別に俺、お前の事なんて知りたくないし」
そうして俺を跨いでいた身体を軽々とどかすとそのまま万事屋は伸びをして"綺麗な夕陽ー"と呟いた。
やっぱりコイツは意味が分からなかった。
何度も喧嘩をしたり、何度も顔を合わせているのに
時々見せる暴力さと
時々見せる繊細さと
時々見せる鋭さが、どれが本当のコイツなのかわからなくさせる。
ようは俺は、この男の向こう側を何一つ知らないという事だ。
fin.
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