僕は伊東鴨太郎。
高校二年生の、受験勉強に集中する青少年。

「やべ、昨日付けのオリコンにユリちゃんのキャラソン入ってたみたいだぜ」

学校でも予備校でも
僕は常に成績優秀、品行方正を保っている。
今日はは午前中に模試がある。
そして始まるまでの間、いつものように参考書を読んでいた。

「俺的に、有名になられるのは困るかな。
 神聖なユリちゃんを邪まな目で見る連中が増えられても困るしね」

そんな僕の斜め後方で、オタク共がオタクな会話を繰り広げていた。
本当に一体何たる事だ。
今から模試が始まるというのにけしからん!
大体、お前らこそそのユリちゃんとやらを邪まな目でみてるんだろうが!
とギリギリ奥歯で苛つきを磨り潰しながら心の中で一しきり突っ込みを入れた頃。

「あ、悪ィ」

突如、頭にドン、と何かがぶつかる。
恐らく鞄がぶつかったのだろう。
睨みつけてやろうと顔を上げた所、
謝られたのと同時に判明したその人物の正体に胸が高鳴る。

(土方君…!)

オタク達によって下げられたボルテージが一気に急上昇。
普段、塾に来る時の彼は制服姿なのだが
今日は日曜日のせいか私服な事に至福を感じる。
…いや、親父ギャグではない。決して。

(ああ、土方君が、僕の、僕の前の席にィィイイ!)

キイ、と椅子を引いた土方君が
なんと僕の前に座ったのだ!!
なっなななななんだと!
いつもは端っこに座る君が、ぼっ僕の前に!

はぁはぁはぁはぁ
落ち着け、落ち着くんだ伊東鴨太郎。
僕は模試を受けにきたんだぞ。
何をさりげなく土方君のにおいをかごうとしてるんだ。
これではさっきのオタク達と一緒じゃないか…

「なぁ、伊東…君?だったか?」

僕が邪まな心と戦っていると、
申し訳なさそうに振り向く土方君の姿。
ひひひ土方君が僕の名前を呼んだだとおおお!
あっ、ありえない。これはドッキリじゃないだろうか。

「あのさ。シャーペンの芯、持ってねぇか?
 もし持ってたら一本貰えると助かるんだが…」

だがどうやら現実のようで彼はそう続けてくる。
そんなシャーペンの替え芯の一本や二本!

「ああ、良いとも。ちょっと待ってくれたまえ」

なるべく動揺を見せない為に
僕は眼鏡を押し上げつつもペンケースを開く。
そうさ!むしろ君の為ならこの箱に入っている芯を全部あげても構わな…

一本。
あれ?もしや一本しか入ってない?
ばっ馬鹿な!確か昨日まではちゃんと…
そうだしまった!
昨夜、支度をしている時にぶち撒けてしまって
全部粉々に砕け、一本しか生き残らなかったんだ…!

「あ、一本しかねぇのか。悪かったな、他の奴に貰うから…」

「いっ良いんだ。この一本で良ければ君に差し上げよう」

「え?でもお前、使うんじゃ」

「遠慮する事はないさ。さぁ使いたまえ」

なんとか受け取って欲しくて
ズイッと僕は土方君に最後のシャーペンの芯を差し出す。
すると

「じゃあ貰う。伊東君、ありがとな」

笑みを浮かべて名前を呼び、お礼を言ってきた…!!
ひっ土方君が!
あのクールでポーカーフェイスで真面目な土方君が!
僕に笑顔を向けてくれた…!

それからの僕は模試の間も気が気じゃなかった。
単語よりも土方君の微笑みや声が脳の中で甦る。
もうどうしたら分からなかった。
むしろ彼が僕の前に座るのがいけないんだ。

くそ、策略か!?
僕を陥れる策略か、土方十四郎!!

結局模試に身が入らず
回答を見ずとも結果がボロボロになるのは目に見えていた。
勉学にしか取り得がないというのに
こんな事では母にまた呆れられる。

何より、唯一土方君と肩を並べられる場所なのに…。

溜め息をつきながら塾を出ると、
ふと土方君が変なだらしのない男二人組みに挟まれて
歩いていくのが見えた。

(土方君…!?)

肩や腰を掴まれて、連れて行かれているようにも見える。
確か彼らが向かう先のあの大通りは、オタクの聖地と呼ばれている場所。

道路脇には色々なそれ系のショップが並んでいて
今日は日曜日だから歩行者天国になり色々なイベントが催されているのだ。

(まっ、まさか土方君が、無理矢理拉致られようとしてる…!?)

背中に悪寒が走る。
本当はこの後、ピアノの習い事がある。
なのに気付けば僕の足は土方君が向かった方へと向いていた。


…僕が彼と出逢ったのは、ここに入塾した数ヶ月前。
成績はいつも同じくらい。
それを僕は常日頃から疎ましく感じていて
向こうだってきっとそう思ってると確信していて…

でもいつしか、彼を見る度胸がときめく自分が居た。
土方君を見るだけでドキドキして
同じ授業を受ける時は教室に居る彼を目で追ったりもした。

学校が違うから、話した事もない。
どんな人間なのかも知らない。
なのにこの気持ちは、一体何処から湧いて出るのだろう、と思う。

でも僕はきっと、土方君がどんな人間だろうと好きなんだ…!


「はぁ、はぁ、何処にいるんだ土方君…!」

大通りに出ると今日はコスプレイベントなのか
そこらかしこで奇抜な衣装やメイド服などに身を包んだ
大勢の老若男女が道路を徘徊していた。
写真撮影などもしており、
そんな人々を掻き分けながらも土方君を探す。

「やべっ、いいねトッシー!」

「えぇ〜?そんな事ないでござるよ!
というかやっぱり中華少女パパイヤのコスは女の子がやった方が良いと僕は思うな」

「そんな事ないよ〜
むしろこれで、パパイヤちゃんのコスは男でも女でも萌えるって事が判明したのさ!」

「なるほど!完成度の高さに乾杯でござる!」


なんだかよく分からない会話が飛び交ってるな…
そう思いつつも、ふと聞いた事がある声に
僕は振り返らずにはいられない。

そして、目の前の光景に転倒して地面に頭をぶつけそうになった。

「ひっ土方ぁああああ!!!」

「え?」

しかし思わずその名前を呼んでしまう。
だってこれは仕方ないと思うんだ。
なぜなら、土方君がサイドでおだんごの髪型にし、
更に服装はスリットが両側に思いっきり入った
チャイナドレスを着用していたのだから!!

「あれ?伊東氏じゃないか〜!」

「なっ、何をしているんだ、土方君!こんな所で!そんな格好で!!」

興奮にずり落ちる眼鏡を押し上げながら僕は叫ぶ。
すると彼は小首を傾げた。

「何って…パパイヤちゃんコスでござるよ〜?」

「ぱっパパ?」

「なになに、トッシー。お友達〜?」

「うん。同じ塾の伊東氏だよ〜」


なっ、何だコレはどうなっているんだ!
どうして土方君が、こんな事を!?
予想してたように無理矢理させられたわけでもなさそうだし…
ま、まさか土方君は…オタク?

「伊東氏、まさか君もオタクだったとは驚きだな〜」

言いながら、これ萌えるでしょ〜?
と土方君は無邪気にヒラリと回ってみせる。

ばっ馬鹿か君は!
そんな事をしたらそのスリットの中が見えてしまうだろう…!
止めようとして彼に向かって走り出した途端、
何に躓いたかは分からないが転んでしまい…

「うわっ!」
「す、すまない。土方く…」

土方君にぶつかってそのまま倒れこむ。
急いでどこうとして、ハッと気付いた。
僕は彼の両脚の間に入り込み、押し倒すような態勢になっていたのだ。

一瞬、キョトンとした土方君の瞳と目が合ったが
彼はすぐにウインクして

「もう、伊東氏のえっち!」

そう、人差し指で頬をつついてきたのだ。

「なーんて、パパイヤちゃんの真似…
って伊東氏!?どうしたでござるか!?」

「と、トッシー!そのままの態勢崩さないで!萌える!マジ萌えるハァハァハァ」

その後、僕は失神してしまった。
(なんだかその時、大量に写真を撮られたらしいが)
そして何故か土方君にオタク認定された僕は
愛しの彼に懐かれるようになり。

オタクなんて敬遠してたけれど
塾ではクールな土方君のくせに、
オタクの聖地に行くと可愛くなるトッシーが大好きで仕方なくなってしまった僕であった。

「伊東氏〜このメイド服なんて萌えると思うんだけどどうかな〜」

「土方君!むしろ僕は君に萌える!」


End.

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