中へ声をかけながら銀時は部屋へ入る。刹那、なんとなく生臭いにおいが漂ってくるのを感じて警戒した。
男の性のにおい。
だが、それより更にきつく感じる。

「あの、誰かいませんかね〜」

部屋は暗く、カーテンも締め切られていて光は一つもない。怖いのが大嫌いな銀時は急いで壁に手を這わせ、手探りで照明のスイッチを入れた。

「誰か〜あの、依頼受けた万事屋なんスけどもー」

灯りがついた事で少し強気になり、ズンズンと歩みを進める。すると、奥のベッドルームは元から照明がついていたように光が漏れていた。
そこに世話をして欲しい要人がいるのかとベッドルームへと足を踏み入れ、そこで天蓋つきで、キングサイズの寝具の上に横たわっている人物に驚愕した。

「土方、く…ん…?」

まさか、と思っていた男がほぼ裸体で、死んだように目をつぶっている。
しなやかな背中や胸板には無数の擦り傷と鬱血が散り、余すところなく、特に内股には白い液体がかけられていた。
手首は抵抗しないようにか、ベルトで縛られている。

「嘘だろ。俺がこの子見たの、三日前だぞ…?」

いつも纏っている真選組の隊服は近くのソファーに乱雑に置いてあり、土方は申し訳ない程度に白いバスローブを羽織っているのみだった。
状況の把握がいまいち出来ないが、いつも土方とはケンカしているとは言え彼を介抱しなければ、という気持ちが銀時を急かした。

「土方君、ねぇ起きろよ、土方君」

ペチペチと頬を叩いたり肩を揺すったりすると、涙で滲んだ虚ろな土方の瞳がぼうっと瞼を持ち上げた。

「あ、良かった。目が覚め…」

「やめ、やめろ!近づくなぁ!!」

覚醒した途端、擦れた悲鳴を上げて土方は起き上がり、銀時から逃げようとする。驚いた銀時は暴れる彼の腕を咄嗟に掴んだ。

「待って、俺だよ、落ち着けって」

「やだ、もう無理だ、今日は、もうこれ以上、はぁ…!」

「土方…」

「はなせ、俺から離れろよクソが…!」

会えばいつも銜え煙草で偉そうな…強気な瞳。
それが今はボロボロと涙を零して嫌だと喘いでのたうち回る。銀時を突き飛ばしてでも逃げようと泣き叫ぶ土方を、強い力で引き寄せて抱き締めた。

「嫌だ、触るな…!!」

「と、トシ、大丈夫だよ。俺は何もしないから」

土方がどうしたら落ち着くかを考え、そこでいつも近藤が親しげに彼を『トシ』と呼んでいたのを銀時は思い出し、口にした。
すると今まで強張り、殴りつけてきた土方の身体からスッと力が抜ける。

「…しない?何に、も?」
「そ、安心して。だから、泣かなくていいから。…な?」

「ふ、ぅ…」

やがて銀時の腕の仲で嗚咽を漏らし始めた土方を安心させるように、その黒髪を撫でてやった。本当は背中もさすってやりたかったが傷があるから、無暗には触れられなかった。

「えーっと、とりあえず風呂に湯をはって…」

暫く泣きじゃくった後、土方はまた眠りについた。あの様子からして相当な身体的にも精神的にもダメージを負わされたのだろう。
無理はさせない方が良かった。

「レイプ…だよなぁ、あの反応じゃ…」

バスルームはガラス張りになっており、その奥に位置する、成人男性が二人で入ってもまだ余裕そうな広さの浴槽に湯を入れながら銀時は呟いた。
普段の土方なら絶対に見せないであろう涙。
そして、変に銀時に対抗心を燃やしている彼がすがって来たのだから、相当ヒドイ目に合わされたのだろう。

依頼人は経緯を詳しくは話さなかったが、こんな部屋(なんと、プライベートプールまで付いていた)を一ヶ月借しきれるという事は相当な幕府のお偉い方が土方を犯したのだろう。
簡単な事だ。
きっと、真選組を人質のように盾にされて…。

「う…」

ソファーに放られていた土方の隊服を整えてやろうとベッドルームへ戻ってくると、呻きながら土方が瞼を開けた。

「…」

「…おす」

虚無を宿した瞳に無言で見つめられ、銀時はとりあえず挨拶紛いな事をしてみた。すると少しの沈黙の後に返事が返ってくる。

「…悪ィな、さっきは取り乱しちまって…」

「いや、別に、うん。」

何か気の利いた言葉でもかけてやりたかったが、素直に謝られてしまって動揺を隠せない銀時。そんな彼の前で乱れたバスローブを直し、目を擦りながら土方は上体を起こした。

「つーか、なんでてめェがここにいんだよ」

「え、依頼。お世話してって頼まれたんだけど、それが土方君だとは知らず…」
「世話…?」