なぁ、俺、間違ってたのかな。



「もう、土方さんの脳は萎縮が既に始まっていて」


もっと早く、お前を助けてあげるべきだったのかな。


「近藤さんも、俺も、隊員をもう誰一人、認識できやせん」

それとも、あのままほっといてヤク漬けにして
廃人にしてやりゃあ良かった?


「旦那、それでも良ければ会ってやってくだせェ」


ねぇ


案内され、開かれた襖の向こう側では
敷かれた布団の上で土方君が眠っていた。

久々に会った彼の寝顔に感激しつつも
俺は彼の首に何かを掻き毟ったような痕が
幾数もついている事に気付く。


「沖田君、何、この傷」

「…爪痕でさァ。時々、突然狂ったように喉を掻くんでィ」


ひざまづき、さら、と土方君の
前髪に触れながら沖田君が言う。


「土方さんは…本当に突然倒れやした。
 すげぇ熱で、それが何日も続いた」


病院に連れて行き、検査を受けた所
麻薬症状の末期だと医師に宣告されたと言う。
もう脳は既に萎縮し、溶けかけていた。


「可笑しい話だと思いやせん?
 この人が麻薬なんか手をつける筈ないのに。
 医者の話だと、この間取り締まられた改良種じゃないかって」



説明しながら、沖田君は声を震わせる。
俺はただ、ひたすら呆然としていた。

ひたすら土方君の横顔を眺め続けた。

嘘だろ?
なんの嫌がらせ?

だって、嘘だ。

土方君は俺があの時、助け出した筈だ。

なのに、こんな。

嘘だ。






「ああ、すごい綺麗な銀色だな。キラキラ光って、綺麗だ」

「本当?土方君の黒髪も綺麗で、俺は好きよ」

「土方君?誰だよそれ」

「・・・お前だよ」

後日、土方君に会いに行くと
彼は右手の人差し指から薬指にかけて
包帯を巻いていた。
沖田君が言うには幻覚を見て指を強く噛んでしまった、との事。

土方君の記憶は脆い。
昔から付き合ってきた隊士達の事も曖昧なのだから
俺の事など覚えていないに決まっていた。

そう。
数える程しか身体を重ねていない、俺の事など。


「そう、俺って土方君って言うのか。ひじかたくん」

楽しそうにそう言って
気に入ったのか土方君は歌い始める。
まるで別人だ。
皮や声だけが土方君で、魂は別の人間のもののようだ。


「なぁ、お前は、銀だっけ?」

「(銀時、なんだけどね)
 うん、そうだよ土方君」

「なぁ。銀は俺と一緒にお祭り行って金魚すくった事、あるっけ」


問われて俺は、心臓が破裂して止まるかと思った。



「勲も総も、他の皆も誰もないっていうんだ
 祭りは一緒に行った事あるけど、金魚はすくった事ないって」



『多串君!ほら、金魚!!』

『いや、すみません。だからいらないんですけど』

ねぇ、忘れちゃったの?

あの時すくってあげた金魚。
俺がふざけ半分でとって押し付けたのを
君はいらないとか言いつつ、とても大切にしてくれた事。

「でも俺、その金魚が大切だったんだ。
 ・・・どうしてかは分からないけど」


『今日は連れ出してくれて、ありがとな』

俺だよ、と簡単には言えなかった。
彼の意思を尊重して
あの狂った世界から連れ出さなかったのは
一重に俺のせいでもあるから。


そうして、土方君は日に日に弱っていく。
身体を蝕む進行の早さに
もう打つ手がないと告げられてしまい
彼がせめて正気の時間を保っていられるのを
見守るしかなかった。


「はは、見ろよ。あそこで犬が死んでるぜ」

「土方君。そこには何も居ない」

幻覚を見る頻度も増えた。
部屋の隅を指差して土方君が言う。
それはまぼろしだよ、と教えても
あれは本物だと彼は言い張る。

「目を見開いて俺を見てる。
 俺を迎えに来たんだ」

そう言って騒ぎ、
抑えようとした近藤さんや沖田君の顔や手を
彼は引っ掻き回す。

ねぇ、土方君。
お前さぁ、真選組を護りたくて
野郎や薬に犯されてボロボロになったんじゃないのかよ。

その護りたい奴らを
傷つけてどーするんだよ


「…殺してくれよ、頼むから、ぁ」


ねぇ。


「俺、もう死んだ方がいいよ…」

苦しいの?
苦しいなら土方君。

俺も苦しいんだ。

この間までキスして身体を重ねてたなんて嘘みたいで。


ああ、心が病んでいく。
なんて。


病んでいるのは元から。

「なぁ、お前はなに?なんでここに来たんだ?」

「俺?俺はね」


ねぇ


「土方君を、迎えにきたんだよ」

大丈夫。
一思いに殺してあげる。

苦しい想いはさせない。

俺もすぐそっちに行くから
煙草でも吸って、そこで待ってて

ああ、嘘だ。

俺はそっちへは行けないや。
君と同じ場所へいくなんて
きっと誰も許してくれない


「ん、ん…!?」


口移しで俺は土方君に
神経を麻痺させる薬を飲ませる。
即効性だから、すぐに利く筈だ。

ぷちゅ、という音を立てて唇を離すと
ゴクンと喉を鳴らした土方君が
キョトンとした表情で俺を見上げてくる。



「銀、なんだ?これ。のみにくい」

「お薬だよ」



この声を聴くのもこれで最期か。
そう思いながら着流しの胸元を開かせる。

随分と痩せた。
抱いていた頃の、ほどよい筋肉が引き締まった
あの体は何処にもない。

突起に唇をあてると
くすぐったい、と笑ってくねった。

やっぱり違う。と何処かで心が言う。
これはもう土方君じゃない。
土方君は、もう何処か別の世界に行ってしまった。

彼の左胸に手をあてると、
心臓が動いているのを確認できる。
掌で確認できるそれは命の鼓動。


「ねぇ、土方君」
「ん?」



急がなければ。
薬が切れる前に。




「だいすき」


最期の宣告を呟き、俺は腰にさげていた刀で
体重を思い切りかけて彼の心臓に突き刺した。


そして抉るように刀を回して引き抜くと
ブシャッという音を立てて
胸から血が迸った。

数秒した後、悲鳴も上げずに土方君が血を吐く。
痛みはない筈だ。
だが、本能に従って生き延びようともがく身体を
俺は抱き締めて抑える。


「ごめん」



こころがふるえる


白夜叉だった頃
あんなに人を殺して
沢山人を殺して屍を踏み越えても
生きてきた俺が



かれをころすというじじつにおびえてる



「護れなくて、ごめん。
 でも俺もすぐに行くから。
 …絶対、行き先は違うけど」


涙は出なかった。
ただ、次第に力を失っていく土方君の体が
ただ恐かった。


「ぎん、とき。悩ませて、悪ィ、な」


突如、背中から胸にかけて痛みが走る。
途端に口から込み上げるものを
土方君の顔に吐き出した。

鈍色の深紅。



「ゆるし、て」

耳元で土方君が乞う。

どうやら俺は、土方君を刺した刀で
彼に刺されたようだ。


「俺を、ゆるして」


血まみれの顔で彼は許しを乞う。
俺は笑って首を振った。
どうして笑ったのかは分からなかった。


「やだ」


血に濡れたその唇にキスした時、
死の間際だというのに、俺達は勃起してるのに気付く。

最悪だ。


「はっ、ふ、う、ン…っ」

息も絶え絶えになりながら
俺は自身を彼のソコに擦りつけて
夢中でキスをする。

神楽と新八は泣くかな。
真選組のやつらはどーすんのかな

「…ねぇ土方君、一緒に…行く?」


まぁ、関係ないけどね。



土方君と結ばれた時から
地獄に堕ちる準備は出来てたから



「…銀時…金魚、ありがとな」


最期の瞬間、土方君が僅かに笑んだのを
知ってるのは俺だけで良い。


誰も俺を許さなくても、彼だけは許してくれたから。

ENd.


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